2008年2月4日
築70年の洋館を改装したカフェを訪れました。アイアンのコート掛けに真鍮のドア。本当の贅沢はこういうことをいうのでしょう。
ある日、「女性のひとり暮らしに必要なものを紹介するガイド本を書きませんか」と、編集者の方から依頼をいただいた。初めての出版社だったので断ることはしたくなかったし、私などに声を掛けてくださったその気持ちに応えたいと強く思った。
お会いして、内容を聞いた。初めてのひとり暮らしに必要なインテリアや家事や収納や、防犯のポイントなどをまとめてほしいということだった。私はその案件を持ち帰り、数日、考えに考えた。そして、勇気を出して、次にお会いしたときに伝えた。
「残念ですが、いっぱい失敗を繰り返してきて、ひとり暮らしはできるだけものが少ない方がいいと思っているので、このお仕事はお引き受けできません。
そういうことをていねいに書ける人がきっと私ではなくて、ほかにたくさんいると思います。なにがいらないかなら、いっぱい書けるのですが……」
すると、自身もひとり暮らし歴の長い彼女の目がきらりと光った。
「ものを持たない本! 何が必要かじゃなくて、なにがいらないかを人生の最初に教えてあげる本こそ、おもしろいじゃないですか!」
もう二度とお会いすることがないだろうと思っていた彼女と、そこから仕事が始まり、1年半になる。2回目に会ってすぐに、彼女は「足りない暮らし」という題名の付いた文書ファイルをメールでよこした。
開けると、50本以上のタイトルが、列記してあった。
〜なんにもないところから始める暮らし・本当に必要なものは、生活するなかで見えてくる・少しずつ、暮らしに足していこう・少しずつ、足していこう。それが、ほんとの、快適 ひとりぐらし・足し算暮らし・なんにもないぜいたく・「ない」から始める暮らし……etc。
本当に「ないないづくし」の本である。
それから、少しずつアイデアと文章を積み重ねていき、もうすぐ本ができあがる。書きながら、自分の今の暮らしは、あの出発点からの数々の失敗があったからこそのものだと、過ぎた日々を懐かしく思い出した。
9年のひとり暮らしを振り返って、いちばん思うのは、生活道具はないところから、足していくのがいいということだ。ないときは、安かろう悪かろうな品で埋めず、ない生活を工夫して楽しむ。生活しながら、本当に長く使えるよいものを1点1点足していく。適当なもので間に合わせた空間より、いっそないならないなりに不便を楽しむほうがずっと快適だ。これは、安物買いの銭失いをさんざん繰り返してきたからこそわかる、失敗の末の結論なのである。
くだんの編集者が最近、冗談まじりに言った。
「私も、この本にもっと早くに出会っていたかったです。そうしたら、あんな家電、こんな家具、今はほとんど使わないあれこれを買わずにすんだかもしれないのに」
いやいや、今からでも遅くはないし、年齢もひとり暮らしか否かも関係ない。私だって、家族が増え、ものはどんどん増える一方。ふと気づくと、「あれが欲しい」「コレが欲しい」と、欲望を満たす情報を探し回りたくなる自分がいる。
なにがいるかではなく、なにがいらないか。そういうことを考えられる癖は、今日からでもつけられるのだと、彼女はもとより、自分自身に言い聞かせているところなのだから。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。
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