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生きている台所

2008年2月18日

写真我が家に来て半年の食器棚もいよいよなじんできました。写真そんな台所でコトコト煮て作ったリンゴジャム。思いのほか美味!

 古家の冬の台所はとくに寒い。朝、起きぬけにそこに立つと空気がひやりと、氷室のように冷たくて、眠気などいっぺんにふきとんでしまう。布団の中とのあまりの温度の違いに、体がついていけないので、台所に立つ前には必ず、膝までの厚手の靴下をはき、ダウンのベストを羽織る。さらに、前掛けタイプのエプロンをきゅっとしめて、腰回りをカバー。少しでも冷気からガードしながら、一分でも早くとやかんを火にかける。

 湯を沸かしたり、目玉焼きを作っていると、台所は次第にあたたまり始める。その徐々に空気がぬくもっていく様子に、「あ、血が通い始めたな」といつも思う。冷たくしんと静まりかえっていた台所が息を吹き返すようなこの感じが好きだ。

 しかし、感傷にふけっているまもなく、台所が始動してしばらくすると、家族が起きてきてバタバタと洗顔だの、朝の一服だのいきなりあわただしい空間に様変わりする。

 古民家を移築した民家園が好きでときどき訪れるが、編み傘や農具や飲みかけの湯飲みなど、どんなに小物を凝って飾っても、人が生活していない家屋は血が通ってみえない。時が止まった、すでに終わっている、スタイリングされた空間だ。おもしろいもので、居室はそれほど思わないが、とりわけ台所をみると、その家が生きているか死んでいるかが瞬時にわかる。人間の営みがあってこそ、家は息を吹き返すし、気配がぬくもりを育むのだろう。同時に、台所は命を育む食の現場で、その家や家族の根幹を支える大事な場所だと実感する。

 部屋はすっきりものがないのが理想だが、台所だけは、片づけ下手のごちゃごちゃとしたほうに惹かれる。取材で訪ねるときも、使いかけの生姜のかけらや大根のしっぽが転がっているほうが落ち着いたりする。おいしいものからは家族の笑顔が生まれるし、台所は、そういう小さな幸せを生み出すアトリエのようなものだと思う。 

 うまく表せないのがもどかしいが、今、どういうときに幸せを感じますかと聞かれたら、朝の台所が徐々にぬくもっていくその瞬間、と答えるだろう。ほんの0コンマ何秒の間、生きてるっていいなあ、家族っていいなあと思う。

 ──私の母も、台所に立つとき、こんな気持ちだったのだろうか。寒くない台所だったら、こんなささいなシアワセに気づかなかったろうか。いろんな疑問符を楽しんでいる。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。

著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。

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