2008年3月10日
1階のトイレ。木枠の窓を気に入っている。
初めてひとり暮らしをするため、部屋を探していたとき、トイレに惹かれて物件を決めたのを鮮明に覚えている。21才のことだ。それまで学生寮、友だちとのシェアハウスと、自分ひとりでこもれる広いトイレは未体験だった。たまたま何軒目かに不動産屋で通されたアパートが、見た目も間取りも何もかも普通だったが、狭い家には不釣り合いなほどトイレだけは広かった。白い壁紙にフローリングの床で、ピカピカの洋式。新聞も広げて読めるし、もしかしたら本棚を置けるかもしれないと思うようなトイレをみたとたん、「ここに決めます!」と申し出ていた。なにか、ひとりで深い思索ができそうな空間に見えたのだ。ひとり暮らしなので、別にトイレでなくても思索は存分にできるはずなのだけれど。
今思うと、その前の家が古い木造家屋で、トイレも和式。おまけに身動き一つとれないような恐ろしい狭さだったので、その反動が即決という行動に導いた気がする。
不動産屋さんに勤務する知人は、「なかなか物件が決まらないお客さんには、今、住んでいる物件の不満を聞き出し、できるだけその弱点の対極にある物件を探してあげると早く決めてくれる」と言っていた。駅から遠いなら、とにかく駅近の物件。収納がないなら、収納だけは充実した物件を、出された条件の中から探し、「ああ、ここならお手持ちの荷物もすっきり収まりそうですね」と強調する。
あらためて振り返ってみると、私はだいたい前に住んでいた物件の弱点をカバーしたところに次に入居している。でもって、その次はまた、「現在住んでいるところの弱点カバー」に入居する。すると、「トイレが狭い」→「トイレの広いところに入居。でも北向きで寒い」→「南向きに入居。でもトイレについてすっかりこだわりを忘れていて、トイレが狭く、再び悩む」などという、あわれな繰り返しに陥る。そんなことを繰り返しながら、あっというまに歳月が過ぎてしまった。
今の家は1階に広いトイレ、2階に、シェアハウス時代のような超狭小スペーストイレの二つがある。いずれも利用するたび、トイレの広さに惹かれて引っ越しを決めた若い頃を思い出す。小さいところばかり見て、全体を見ていない未熟者時代と、大して今も変わっていないなあとため息が出る。
これから家の建設を考えておられる方は、現在の不満個所をチェックするのは大事だけれど、それを優先順位の1位にしないことだ。今困っていることと、住むのに優先したい事柄は違うことが多いからである。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。
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