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森と母と子どもと

2008年4月21日

写真今回の取材で泊まった安曇野のペンションには、ペアガラスがふんだんに使われていた。さぞ高かったろうと思いきや「全部産業廃棄物です。だからタダ」とご主人。ペアガラスはカットが難しく、採寸違いでボツになると廃棄するしかないという。リサイクル・リユースの徹底したペンションで、泊まり心地もよかった。

 園舎を持たず、森の中で保育をする野外保育の会を取材した。

 会を始めるきっかけは、親子で森を散歩しながら、こういう保育園があったらいいねというおかあさんのつぶやきから始まったという。

 その散歩が「あまりに心地よかったから」と。

 それをきいて私も懐かしい記憶がよみがえった。

 私もベビーカーを押しながら子育て仲間と森を散歩したことがある。

 保健所で知り合った同い年の赤ん坊を持つママ3組で、バス停でいえば10カ所分くらいの距離を、半日かけて歩いた。その気持ちのよかったこと!

 頃は4月の終わり、目的地は、調布の深大寺である。

 「あ、カタクリだ!」

 ひとりのママが道中の雑木林に咲く紫のかれんな花を見つけて、叫んだ。ああ、この人はこういう花に詳しいんだなと初めて知った。ふだん、「○○ちゃんのママ」として見ていた人の、新しい側面を発見した気がした。草花は好きだがしかし、お互い乳飲み子を抱え、夜泣きや授乳でこまぎれの睡眠時間をつなぐ毎日で、好きな花を愛でるような心の余裕はそれまでになかったに違いない。

 橋を渡れば、カモを見ながらひと休み。コナラの木に咲く花を見あげては「花粉は大丈夫か」「杉じゃないんだから大丈夫よ」「いや、私はひのきもだめで」「え、ひのき風呂もだめなの?」と他愛もない話を延々と。

 ゆっくりゆっくり、ベビーカーを押しながらの山道は楽ではなかったが、今思えば、あれは壮大な母達の道草だった。

 「子どもにもたまには森林浴を」とかなんとか誰かが言い出して、歩き出したことだが、間違いなく、初めての子育てに密室で息切れしそうな新米母たちのための時間だったのだ。

 春風がほおをなで、新緑が目にまぶしく、景色は飽きないし、親も子も、笑い声しか出ない。密室で子どもとふたり向き合っていると、楽しいことがたくさんあるが、なぜぐずっているのかどうしてもわからず、途方に暮れたり、自分の時間がまったくなくてイライラすることも少なからずあった。だが、歩くたびゆっくり変わる自然の景色に、子どもも興味津々。ぐずることなどあるはずもない。

 母がニコニコ楽しい気持ちでいると、子どもにも伝染するのだなとそのとき知った。情緒が安定するのだろう。

 もう、あんな経験は二度とできないのだなあと、大きくなった子どもを見ながら、過ぎ去った時間を愛しく思う。

 森さえあったらなにもいらない。野外保育に参加している母親のひとりが言った。ええええ、よくわかりますよと心のなかで大きくうなづいた。私も森の散歩に救われたひとりですから、と。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。

著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。

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