2008年7月28日
我が家の庭にさっくりなじむ、テーブルと椅子2脚は全部で500円也。
一時期、骨董市やスーパージャンクショーに意気込んで出かけていたが、今は近所の路地単位の小さなフリーマーケットや、中古のリサイクルショップが楽しい。ガレージセールといったほうがいいくらいの、ゴザ1枚で雑多なものが並んでいる光景を見ると、わくわく足が勝手に動いてしまうのだ。
宝の山と言うにはほど遠い、ほとんどが不用品の山なのであるが、なかにきらりと光る掘り出し物が3回に1回くらいの割合でみつかる。いいものが見つかっても見つからなくても楽しいのに変わりはない。
プロが集う市の品は、すでに目利きの売り主に一度選りすぐられたものなので、選ばれたものならではの誇りと輝きを放っていて、私のようなただの冷やかしの客は、少し緊張する。
全国の何百というディーラーが一堂に会する催事場などに行くと、買うぞー売るぞーオーラがばちばちと火花を散らしているようで、だんだんそういう大きな市は疲れるようになった。これも年のせいだろう。
あらかじめ誰かが選んだのではない、「もう捨てるけどその前によかったらどうぞ」という品の中から、自分の目で最後の命を全うできそうなものを選び取るほうが性に合っているようだ。
そんなわけで、先週末に買ったのは、500円の庭用テーブル&椅子セット。近所の商店街でやっていた小さなお祭りで、地元の小学校のPTAがフリマのブースを出していた。「どう? これ、お宅に合うんじゃない?」と知り合いのママに言われ、古びた籐の感じと、細部までしっかりどこも壊れていない頑丈な様子が気に入って「じゃあ、担いで帰るわ」。夫と、汗をだらだら流しながら、担いで帰った。なんてったって、椅子2脚もついて500円。これをどれだけ長く使い倒せるか、挑戦するつもりだ。
庭の隅に置いたら、ずっと前からそこにあるようになじむので、笑えてきた。同じ町内から町内へ引っ越してきただけだもの、なじむのも当然だ。
古いものを買うときは、出自や価格交渉や、店主といろんな言葉を交わす。古いもの以上に、私はそういう会話をしながら買うこと自体が好きなのだと思う。最近の骨董ジャンボリーは、大きくなりすぎて、数年前の毎回通っていた頃より、それぞれのブースの店主と話す時間が少なくなった気がする。大勢の人が詰めかけ、店主も忙しいのだろう。
たった500円でさえも、顔の見える買い物は気楽で心地いいものだ。できるだけ近くでとれた旬の食品をとろうという提唱があるが、家具や衣類や車や家もそうなったらすてきだなと思う。いらなくなったものをガレージで売って、欲しいものをもらう。近くでやりとりしたらよぶんなエネルギーがかからない。遠い国で作った野菜や肉が毎日食卓に並ぶ生活が当たり前だと思わない自分でありたいなあと、フリマから食糧自給率にまで想像がふくらんでいったので、ひとりで苦笑い。そんな夏の週末。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。
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