2008年9月1日
おもてなしに大活躍の漆器たち。漆器のお弁当箱にはオードブルを。箸入れには和三盆を添え、珈琲のときにお出しすると、目にも楽しいものです。
深夜1時。
階下でテレビを見ていた夫が、鼻をぐすぐす言わせながら、寝室に戻り、床につく。いつもとわずかに違う空気を感じ、私は思った。
ひょっとして泣いてる?
私は、寝返りを打ち、壁のほうに向いて寝たフリをしながら耳を澄ます。
鼻炎がひどくなったのかな。いや、これは確かに泣いた直後っぽいな。なにか泣けるドラマでも見たのかな。そういえば、結婚して12年、やつの泣いたところを見たことがないから、泣いている状況がどんななのかがわからないぞ。聞き耳を立てながら、ぐるぐる頭の中で自問自答する。なにか声をかけようかと思ったが、適当な言葉がなに一つ思い浮かばない自分に驚いていた。
相手がなにか泣くほどしんどい目に遭っていて、こんなに近くにいるのに、かける言葉が見つからないとはどうしたものだろう。
ああ、どうしよう。どうきりだそうと思っているうちに、しばらくして、すーすーと寝息がきこえてきて、そのまま夜は過ぎていった。
翌朝も子どもがいる手前、なんだか聞けなくて、私はひとり、のどもとに魚の小骨が引っかかったような、しっくりしない気分で一日を過ごす。
夜遅く、夫が帰宅。子供たちも寝ているので、できるだけなにげなくさらっとたずねた。
「昨日の夜、ぐすぐす言ってるようだったけど、なに、泣いてた?」
一瞬、「え」という困ったような顔をしたあと、私の期待に反してあっさり「うん。ちょっとね」と答えた。
「たんなる鼻炎。きのう、鼻の調子が悪くてさ」というのが私の期待した答えだった。それがうそでも、私に言うほどつらいことではなかったという証しになるし、本当に鼻炎なら、なお気が楽だ。
だが、泣いたのだという。視線をテレビに置いたまま、また「今日のおかずなに」とでもいうようなできるだけ気軽な感じで、「仕事、つらいの?」とたたみかける。ゴールデンウイークから休みらしい休みもなく働いていて、金勘定とつねに背中合わせの映画の現場で大勢をとりまとめる立場に、相当のストレスがかかっているだろうことは、想像が出来ていた。「映画がきらいになりそうや」と冗談半分につぶやいたのもつい最近のことである。
そんな流れで思わず仕事がしんどいのかと聞いたら、それも違って、最近急逝した尊敬する映画監督のDVDを見ていたら、泣けてきたとのこと。最後の作品にお供をして、「次もやろう」と言われていただけに、今頃になって哀しみがふくらんでしまったのだろう。
ああなんだ、仕事が原因でなくてよかったと、内心ほっとした。
もし仕事に悩んでいたんだとしたら、昨日の私は、自分自身の仕事や子育てにいっぱいっぱいで、彼の悩みには対応しきれないという直感がはたらいたから、寝たふりをしてなにもきかずにやり過ごしたのかもしれない。けっきょく、私は彼の悩みに寄り添おうとしなかったのだなあと、分析する。
同時に、夫婦なんて、テレビドラマのようにはいかないものだなと深いためいきが出る。本当にピンチの時は、ドラマのようにすぐぶつかりあったり、本音で言いあったりなどできないものだなあ、と。
夫とは、結婚前も付き合いも長いし、若い頃は相手のことを何でも知ったような気になって、ずけずけと言いあえていた。が、年を重ねると存在が近いからこそ言えないこともあるらしいとわかった。
病気、リストラ、介護……。今後、相手が本当につらいさまざまな試練の瞬間に出くわしたとき、こんなふうに、肝心な言葉も見つからないものだとしたら、夫婦とは、なんと脆くて危ういものなのだろう。
子どもの成長は、夫婦2人のセカンドライフに近づくことを意味する。まだまだたくさんの時間をこの人と過ごすのだ。文字通り、何でも言い合える関係でないと、快適には過ごせまい。
わかった気にならず、あらためて等身大の今の相棒を見つめ直さなくては。とっさになにも言葉が出なかった昨夜の自分を振り返りながら、小さな心のズレはできるだけ早めに修正していこうと心に誓った。
とるにたらぬ小さな夫婦の出来事。けれど、残り半分の人生を共に楽しく生きるために、考えておかねばならない大切なヒントをもらったような気がしている。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、12歳、8歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。
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