現在位置:
  1. asahi.com
  2. ライフ
  3. 住まい
  4. 小さな家の生活日記
  5. 記事

建物が人生を変えるということ〜前編〜

2009年12月21日

写真nagaya shop「mitta」(03-3353-7845) photo by mayumi abe写真日本のクラフトとフランスの古い雑貨が並ぶ店内。「いつか使えるかなとあてもなく取得していた古物商の免許を、今生かすことができました」と山西利恵さん  photo by mayumi abe

 建物が人生を変えるなんて、そんなことはそうそうないが、いろんな人を取材していると、たまにはあるのだとわかる。きのうがそうだった。

 山西利恵さん。日本のクラフトとフランスアンティーク雑貨を扱う店mitta(ミッタ)の店主。店舗は渋谷区千駄ケ谷。築80年余の3軒長屋の左端である。開店2年。住まいは店の奥と2階で、営業のすべてを一人で切り盛りしている。

 以前は広告制作の会社に勤めていた。ある日、カフェに行く途中、道に迷い、長屋の一角にでくわした。築50年は超える戦前の建物が並ぶレトロなエリアで、「わあ、長屋だ!」と印象深く思った。そのとき、引っ越しの予定もないのに、左端の小さな米屋を見て「こんなところに住めればいいな。ここが空いたら借りたいな」と、ふっと思ったそう。

 しばらくして、広告の仕事を辞めた。会社勤めではなく、なにか、自分でやりたくなったからだ。だが、何をやりたいのかはわからない。しばらくバイトをしながら、ゆっくり考えようと思った。

 そのとき、ふっと頭に浮かんだのがあの米屋だ。山西さんはまるできのうのことのように楽しそうに振り返る。

 「あのお米屋さん、どうなっているかな? って本当に軽い気持ちで見に行ったんです。そうしたら“貸し物件”と張り紙があって。ちょうど大工さんが、木の引き戸をアルミに替える作業をしようとしていたところだったので、『すみません! 私、ここを借りたいのでその工事、やめてください。古いまま使いたいので』と叫んじゃったんです」

 午後には不動産屋で契約書に判を押していた。

 給湯設備はなく、水しか出ない。店の裏の部屋は荒れ果てた倉庫状態。二階も同様で、人が住めるような状況ではなかった。だが、山西さんは最初に心惹かれたあのときの直感を信じ、長屋を借りた。

 「何を売るかはまったくわからないけれど、ここを借りるならなにかお店をやろう! と思いました。だから最初にしたのは、お店にするには最低限補強をどうしたらいいか、建築家に相談することでした。でも、よく考えたらおかしいですよね、何屋かも決めていないのに、改装を始めちゃったんですから」

 山西さんの話は淡々としていて、浮足だったところがなく、すてきな物件と巡り合った住み手の自慢話めいたところがみじんもない。そこが、東京という混沌とした街で新しいことを始めようとしている若者らしいなと感じた。この街は玉石混交で新しもの好きだけれど、そんなに甘くない。熱さと冷静さを常に併せ持っていないと、容易に消失しうる。なにもなかったかのように、一日で違う店に変わっていることも日常茶飯事なのだ。だから、二年三年と順調に店を軌道に乗せていけるような若者の多くは、独特の冷静さを持ちあわせている。

 山西さんは行き当たりばったりのように見えて、そんな自分を俯瞰で見ているようなところがある。

 ここで、戦争を生き延びた小さな長屋の持ち味を生かしながらなにができるのか。そんな彼女が思いついたキーワードは、「手づくりのもの」「日本とヨーロッパのもの」。代々の住み手が手づくりで足していった長屋の住まいと相通ずるものがある。

 このぼんやりとしたキーワードを現実の商売につなげてくれたのは、長屋の前の通行人だった。

 倉庫だった場所に輸入代理店で買ったバスタブをどんと置いて、まさに奇想天外、力ずくの改装をやってのけた山西さん。通行人とどんな出会いがあって開店に至ったのかは次週にご紹介したい。

 この長屋に出会っていなかったら、彼女の今はない。「まだバイトを続けていたかもしれませんねえ」と語る。ときどき、自分がフランス雑貨の店主になっていることを不思議に思うときがある、とも。

 長屋をリノベーションした住まいや店はいっときのブームも落ち着き、とりわけ珍しいものではないが、家という箱と出会って人生のベクトルそのものが変わったという人は珍しいと思う。古い家というのは、ときにそれほど強いエネルギーを放つものだ。では次週、山西さんのその後を。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、14歳、10歳の4人家族。

著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。

ホームぺージ別ウインドウで開きます「暮らしの柄」

検索フォーム
キーワード:


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介

提携サイトで探す

  • 全国の売買物件をお探しの方アットホームスーモ
  • 全国の賃貸物件をお探しの方アットホームスーモ
  • 不動産会社をお探しの方アットホームスーモ

あなたの希望に沿った不動産情報・マンション情報を検索!

カテゴリ
都道府県

あなたの希望に沿った不動産情報・マンション情報を検索!