2010年3月1日
古道具の小引き出しを調味料入れにしている。空いている引き出しに、新聞紙を入れ、生ゴミ処理や雑巾代わりにどんどん使っている
台所で出る野菜のくずやちょこっとした生ゴミをどうしたものかといろいろ思案することがあり、今は、古新聞紙に包んで捨てるという方法に落ちついている。
すぐぬめりがつく三角コーナーは苦手で使ったことがない。玉葱やにんにくの皮を排水口のゴミ入れに流すと、水が詰まりやすくなる。いちばんいいのは、その場でささっとまとめて、大きなごみ箱に捨てることだ。けれど、キッチンのごみ箱を手作りしたら、設置場所が遠くなってしまった。とにかく、今出た野菜のゴミを一時的にまとめたいというのが、ここしばらくの私のささやかな課題だった。
小学生の娘に、チラシや新聞を折ってつくるごみ箱を作ってもらったりもしたが、意外にかさばるので収納場所に困る。折るのも面倒である。1回の料理に1コ使うとあっというまになくなってしまう。きらすと、娘に制作を頼むのだが、これは気分次第で折ったり折らなかったり。
ああいう手製のごみ箱も、小さな手間がかかり、毎日バタバタせわしない共働き生活&怠け者の私のような者が一生続けられるかというと、そうでもないのである。
もっと、現実的でかんたんでムダのない方法はないものかと思い、試しに折るのをやめ、ただ新聞紙をジョキジョキと16分割に切ってみた。
おや、わざわざ、ごみ箱の形にしなくても、これを1枚敷いた上で野菜の皮をむけばいいんじゃないか? そう閃いた私は、台所の空いている引き出しにそのおおざっぱに切った新聞紙を50枚ほど入れてみた。やってみたらこれが大正解で、ちょっとした油汚れも料理のそばからさっと拭けるし、生ゴミをその上で切ったらくるくるっと丸めてごみ箱に捨てられる。1回の料理に1枚を使うので、なかなか減らず都合がいい。菓子作りの粉などを計るときは皿がわりになる。
雑誌の家事の記事などで、チラシで折るごみ箱はよく登場するが、何もその通りにやる必要はないのだと気づいた。なげかけられる情報をそのまま一元的にとらえ、そうでないとだめなように思いこんでいる自分がいることにも気づいた。
新聞紙のアイデアなど、とるにたらぬ、「ひらめいた」というほどの知恵でもなんでもないが、学んだことは大きい。情報に依存するのではなく、暮らしながらああでもない、こうでもないと自分の頭の中で工夫することが大事なのだ。我が家にあったサイズやスピードを試行錯誤しながら編み出していけばいい。
このことで思い出すのは、本欄でも何度書いてきた住宅洗剤のことだ。床用、油汚れ用、革用、カーペット用、ガラス用等々、年々洗剤が目的別に細分化され、なんとなく、その洗剤でなければいけないような気持ちになるが、そんなことはないのである。それは外からの情報であり、自分で工夫すれば、今家にある洗剤でたいていの汚れは落ちる。
生活の知恵なんていうものは、祖母や母から伝え聞いたり、自分の頭の中でいちばん落ち着く先を自分で探すもの。……なんてことをしみじみ痛感するのは、じつは結婚したときに「とりあえず」と、家事の知恵大全集みたいな分厚い本を買ったことがあるからなのである。あのときは、すべてが情報頼りで、自分の頭で考えようなんて思いもしなかった。主婦はこうせねば、この本の通りにすればまちがいはないと、自分で自分を縛っていたのだ。今となっては、そんな初々しさが懐かしい気もするけれど。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、14歳、10歳の4人家族。
著書に、『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)『自分たちでマンションを建ててみた。〜下北沢コーポラティブハウス物語〜』(河出書房新社)、『かみさま』(ポプラ社)など。【編集または文の一部を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』『loving children』(主婦と生活社)、『ラ・ヴァ・パピヨン』(講談社)。最新刊は、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』『スピリッツ・オブ・ジャンク・スチル』『ジャンク・スタイル・キッチン』(風土社)の3部作。
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