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2012年4月16日
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「小さな家の生活日記」

見逃していた、娘の孤独な4日間

文と写真:大平一枝

写真:土曜日の昼。いつもよりほんの少していねいにテーブルセッティングをして、下校後の子どもを待った。拡大土曜日の昼。いつもよりほんの少していねいにテーブルセッティングをして、下校後の子どもを待った。

 4月に入ってから仕事がたてこみ、帰宅が20時や21時という日が続いた。下の娘も中学に上がり、多少の留守番はいいだろう、夕食が待てなかったら自分で何か作るだろうと、高をくくっていたせいである。

 中学の入学式から4日目の夜8時半。駅に着いた私は、夕食を作っている時間がないので、子どもたちと近所の居酒屋で待ち合わせをすることに。まもなく仕事を終えた夫も店に到着した。

 15分後、現れた娘の目が真っ赤だ。またきょうだい喧嘩かとため息をつく。娘はうつむいたまま、箸をつけない。高2の息子が私を責めるような目で見ている。様子がおかしいことに気づき、娘を問い詰めると、しくしく、そのうちぽたぽた大粒の涙に変わった。しゃくり上げながら言うことには、入学してから今日まで友だちが1人もできない、お弁当もひとりで食べている、朝が来るのが苦しくて通学鞄を見ると頭が痛くなるということだった。大手塾出身の子同士が顔見知りで、すぐグループができてしまい、その輪に入れずにいるらしい。そういえば、朝ご飯も少し暗い顔をしていたっけ。

「ママは転校生のとき、何日目で友だちができた?」「○○中(地元の公立中。娘は私立に進学した)に行ってたら、友達がいて楽しかっただろうな」。気にも留めていなかったが、思い返せばSOSのサインはいくらでもあったのだろう。

 一生懸命勉強してようやく入った学校で、よもや4日間もひとりぼっちだったとは想像もしておらず、青天の霹靂(へきれき)のような心境だった。すると長男が言った。

「初めてひとりで電車に乗って学校へ行って、教室でも弁当もひとりで過ごして、誰もいない家に帰って夜9時まで親が帰るのを待つ。この4日間、どのくらい淋しかったと思う?」

 思春期の通過儀礼で、友だちができないなんて悩んでいる期間は、長い目で見たらほんの一瞬、友だちなんてそのうちできるとわかっている。だが、トイレに一緒に行ったり、弁当を食べる相手がいるかいないかが世界のどんな出来事より重大に思っている今の彼女に、そんな気休めは言えなかった。「そうだったの。つらかったね」と声をかけるのがやっとである。

 ついこの間までは、18時から取材を入れるのは稀で、どうしてもというときは、夫が早く帰るようにあらかじめすりあわせをしていた。ところが4月になってから、夫も私も毎日20時頃まで仕事をして、どちらかが帰宅してから超特急で夕食を作る。たった2時間のことだが、目を見て話す、気配を感じる、気持ちを察する時間がゼロだったことを今さらながら悔いた。そんなわずかなすきまから、いとも簡単にこぼれ落ちてしまうものが確かにあるのだ。自分は何年母親をやっているんだろうと、情けなさでいっぱいになった。

 かといって、親ができることなど限られている。「一匹狼だってええやん。そんなん、昔はけっこういて、クラスの中でもかっこよかったで」と、とんちんかんなアドバイスをする夫と言い争いになったりしながら、朝食を囲んだ。

「おかえり」と言って迎えられるよう、どうにか仕事を調整した。翌日も、無表情で帰宅。

「ママ、私が帰ってきたからって、玄関まですっとんでこないで。どうせ今日もなにも報告することなかったんだから」

「大きな塾に通ってなくて、同じような気持ちでいる子がクラスにきっといるはずだよ。その子に話しかけてみな」

「何でもそんなに簡単にいかないんだよっ」

 ぴしゃりと心のシャッターを下ろすように吐き捨てて、自室に閉じこもる。鍵がついていなくて良かったと胸をなで下ろしながら、私は部屋に入り、床に座る。娘はそっぽを向き、窓辺に小さくうずくまっている。

 うっとうしがられながらもしつこくあれこれ話しかけていると、ときに怒りながら、ときに泣きながら、娘は感情を吐露しはじめた。

 ――この5日間が自分にとってどれだけ長く感じられたか。ひとりでいることが平気な子になろうとがんばって装ったけど、惨めで苦しいだけ。学校の門を出たら、こらえた涙がわっと出そうになるけど、家に帰るまで我慢と言い聞かせている。帰ったら、誰も気にせず泣ける。だから、ママもパパもいなくてちょうど良かった……。

 話しかけてくれる子もいるのに、「その子には別の友だちがいるから、私が出しゃばったら迷惑になる」と言う。ちょっと言い訳めいて聞こえるが、言いたいだけ言わせる。気持ちを吐き出すことができれば、それだけでも少しは荷物が軽くなるはずと信じるよりほかない。私はただ、そこにいる。コチコチに固まった心のそばにいてあげることくらいしかできることはないのだから。

 いてくれなくてよかったと言いながら、「今日は早目に仕事が終わるから家にいるよ」という言葉に、げんきんなほど顔が明るくなった。「駅まで一緒に行こうか?」と言うと、嬉しそうに頷(うなず)く。その前日は、とぼとぼ歩く妹を長男がおいかけて駅まで一緒に歩いたのだった。「今日は友だちできたかなってパパから昼間、電話が来たよ」。私が伝えると、「もうその話はいいって」と言いつつ、目もとの端が喜んでいる。娘の小さな痛みを家族全員で引き受けている空気は、彼女にもきっと伝わっていたはずだ。

 6日目。「ただいま」と言う声に玄関まで出ていくと、靴も脱がずに話しはじめた。「友だち4人も出来たよ! あのね、○○子ちゃんってすっごいユニークなの」と口角泡をとばして……。

 こんな結果もある程度は見えていた。だが、もうこの先、同じ事が起きても親きょうだいには打ち明けないだろう。私が子どもでも親になど言いたくない。げんに、この数日の出来事は、私自身、働く母をしている仕事仲間ひとりにしか話せなかった。彼女からのメールはこうだった。

〈抱きしめてあげて。私は女子校に進んだ春を思い出したよ。その時、お姉ちゃんが抱きしめてくれたのが今でも忘れられないよ〉

 体で、言葉で、心で抱きしめる。そういう時間が流れているはずの食卓さえ、忙しさと子どもの成長を言い訳に、私はなおざりにしていたと気づいた。

 風呂場から娘の鼻歌がきこえる。夫と長男と目が合う。ほろ苦い、我が家の門出の春が過ぎようとしている。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、16歳、12歳の4人家族。

著書に『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつ のわが家』(講談社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』(チルチンびとの本)など。【編集または取材を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』(主婦と生活社)、『続 暮らしのヒント集』(暮しの手帖社)など。最新刊は『もう、ビニール傘は買わない。〜暮らしと自分を変える60の習慣〜』(平凡社)。

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