20代はたくさん買って、たくさん捨てて、たくさん働いて、たくさん遊んだ。
30代は、子育てと仕事を綱渡りのようにギリギリ両立させながら、ベビーシッターや食器洗い機など、時間を金で買うような乱暴な生活をしていた。
40代の今は、ようやく、もうそんなに買ったり、電気を照らして夜遅くまで働いたりしなくてもいいんじゃないかと思い始めている。自著『もう、ビニール傘は買わない。』を書いているときに震災があり、ますますその思いが強まった。
ところが、ある読書会で拙著を読んだ方から「日本中の人がものを買わなくなったら、国の経済は止まってしまいますよ」という意見をもらった。本当にその通りだ。私も震災翌日に、東京のカフェやレストラン経営者が、「店が閑古鳥で食材を捨てている。たのむから店に来てください」とツイッターに書き込んだつぶやきをいくつも目にした。そうだ、こんなときこそ、東京だけでもじゃんじゃん金を使って経済を回さなくてはと、つとめて外食をしたのだっけと思い出した。
そう、たしかにものを買うことは悪くない。その“買い方”を変えたらいいのではないかと私は思うのだ。ゴミも増えず、暮らしも街も美しくなり、経済も止まらない買い方があるのではないかと。とはいえ、私などは、せいぜい暮らしの道具という視点についてくらいしか語ることができないが。
日本の本当にいいものは高い。たとえば、京都のまな板の老舗「白木屋」で買った朴の木のそれは1万2千円。木工作家の富井貴志さんが作った胡桃(くるみ)の木のバターケースは8400円。鍋敷き、器、ガスストーブ、スリッパ、やかん、ふきん。とるにたりないちょっとした道具だが、手間暇かけて作られたものは、どれもけっこうな値段がする。
100円ショップやスーパーでもプラスチックのまな板は売っている。バッグや小物を売っている雑貨屋では、輸入木材をカットした一見おしゃれな白木のまな板が2千円ほどで手に入る。そのどれも私は試したことがあるが、輸入ものはすぐ黒ずんで3年ももたなかった。プラスチック製は、包丁の切り跡に汚れが入り、いくつもの黒いスジができる。漂白剤を使うとそのたびにきれいになるのだが、一生漂泊という作業を続けるのかと思うと、気が引けた。どんなに安全と言われても、ケミカルな薬剤を食べ物を扱う道具にかけることには躊躇(ちゅうしょ)がある。
白木屋の製造工程を見たが、まずカットした木を乾燥させ、“曲がり”を出し切るのに1年かかるといい、倉庫にずらりと木の板が並んでいた。完全に乾燥させても、傷や木の目、節の関係でまな板に使用できるのはほんの一部。ご主人は、小さなピンク色の部分を指さして「貴重だから僕はここを“トロ”って呼んでるんです」と教えてくれた。寿司のトロにひっかけている。同じ木でも、トロの多い少ないで千円単位で価格が違う。
「洗いっぱなしのまま、食器洗いカゴに渇かしておくのではなく、洗った端から布で拭く。黒ずんだら畳屋に持っていってかんなで削ってもらう。それだけすれば30年でも40年でも持ちますよ」と言う。
買って数年経つが、まだ黒ずみも少ないので、畳屋には持ち込んでいない。まな板に最適という朴の木は、包丁の吸い付きと水はけがいい。取材先の工房でお金が足りなくて、編集者に借りてまでして買ったが、いまでも後悔がない。使えば使い込むほど、愛着も増す一方である。
18歳の時から使っている折りたたみ傘は3500円くらいだった。骨も非常にしっかりしていて、木の持ち手も艶が増したが汚れている感じはない。もう20年以上使っているのだから、これはお買い得だったと言える。
強風にあおられた瞬間、粗大ゴミに変わるビニール傘は捨て場にも困る。さっきまであんなに手軽で便利だったのに、いきなり“困った存在”になってしまうのだ。骨組みのしっかりした傘を買い、外出するとき、少し空模様を気にして用意すればいいだけなのに。
まな板も傘も不具合が出たら有料で修理してもらえる。使って捨てるのではなく、だめになったら直す生活がスタンダードになれば、修理という技術にも利益がのる。みんなが丁寧に作られたいいものを買うようになったら、消費経済が衰退することには決してならないと私は信じている。そのためには、修理がきくものを最初に買うこと。その多くは安くはないというわけである。
長くまどろっこしくなりすぎた。たくさん買っては捨てる失敗を繰り返してきた私は、服も靴も、鍋釜、あるいはスプーンひとつも場あたり的に買うのではなく、いいものを少しずつ買い足していく生活にしたいという境地になりつつある。高いからぽんぽんとは買えないが、ない間を適当なもので補わず、「ない暮らし」でのりきる。そのあいだに、本当はいらないかもと気づくこともあろう。基準は、買ったその日から、使うごとに味わいや美しさが増すものを買うこと。けして、買った日が美のピークではなく。
おそらく家も車もそうだ。古い車の愛好家が少なくないのもそのせいだろう。先日、銀座の工芸店でガラス作家のビールグラスを買った。再生ガラスで作っているので頑丈で、ほのかに飴(あめ)色の輝きがあり、大きさも厚さも手のなじみがいい。3千円だったので1客だけ。作家の名前を記憶しておいて、ひとつずつ、どれか割れたら買い足していこうと決めた。40代になっても3千円のグラスを2客買う勇気がないとは自分らしいと苦笑した。

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、16歳、12歳の4人家族。
著書に『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)、『かみさま』(ポプラ社)、『センス・オブ・ジャンク・スタイル』(チルチンびとの本)など。【編集または取材を担当したもの】『白洲正子の旅』、『藤城清治の世界』、『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』(主婦と生活社)、『続 暮らしのヒント集』(暮しの手帖社)など。最新刊は『もう、ビニール傘は買わない。〜暮らしと自分を変える60の習慣〜』(平凡社)。
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