現在位置:
  1. 朝日新聞デジタル
  2. ライフ
  3. 住まい
  4. 小さな家の生活日記
  5. 記事
2012年10月9日
このエントリーをはてなブックマークに追加
mixiチェック

「小さな家の生活日記」

「間取り図」つまみに夜ビール

文と写真:大平一枝

 自宅に仕事部屋が必要なこともあり、子どもの成長に合わせ、いつも「1部屋足りない」と言っては引っ越を重ねてきた。子どもが小さいうちは子ども部屋は一つであったし、息子が声変わりをしてくるころにはさすがに娘と一緒はよくないと、私の仕事部屋を娘と共有することにした。

 1年半前、ようやく4LDKの理想的な間取りが見つかり、落ち着いたかにみえた。ちゃんと、夫婦の寝室・高2長男部屋・中1長女部屋・私の仕事部屋(夫の机も併設)がある。「四つあるもんな。これで文句はないよな」と、夫は「もう引っ越しの必要がない」といわんばかりに4という数字を強調する。

 だが、最近、地下にある寝室がどうにも住みにくくなってきた。ときに湿度は85%。見なければいいのに、デジタル時計に表示されたその数字をみたとたん気が重くなった。布団もなんだか毎日ぐっしょり重い。

 前に書いたことがあるが、地下の部屋はこの1年半の間に、仕事部屋→息子部屋→夫婦の寝室と変遷している。

 まず私の仕事部屋にしたものの、朝から晩まで暗いのと、隣の声がまるぎこえで、おまけに庭でくつろぐ隣人の足がすぐそこに見えるのが気になって音をあげた。私と入れ替わりに使うことになった息子は半年がんばったが、ハウスダストで目のかゆみと咳が止まらなくなりギブアップ。寝室にしてからは、ウォールプリントを壁にあしらったり、カーペットやベッドカバーを明るい色にしたりして雰囲気を変えようと試みたが、かびっぽい湿気った臭いはどうすることもできない。

 こうなると、引っ越し好きの私はにわかに元気になる。近所にもっと居心地のいい4LDKがあるかもしれない。深夜、あちこちの不動産サイトの間取り図をつまみにビールを飲むという悪い癖が始まったのだ。

 しかし、冷静に考えれば、そんなお金もないし、家族も大きくなるといろいろしがらみも増え、そう簡単に引っ越しをするわけにもいかない。いつまでこんなことをしているつもりかと、自分自身に嫌気がさしてくるのも事実である。いい大人なんだから、1カ所に長く落ち着くべきなのだ。

 ふと、自分の育った家のことを思った。両親は3〜4年単位で官舎を渡り歩いた。どこも2Kや3Kで、茶の間のちゃぶ台を片づけて夫婦の寝室にしていた。1部屋を二つの用途に使っていたのである。

 日本人は狭い空間を多様に使い分けるのが上手い。ひとつの畳部屋が、茶の間にも寝室にも客間にもなる。襖(ふすま)を外せば巨大なワンルーム、婚礼も葬式も可能な大広間に変わる。取材で田の字型の古民家を見たとき、格はまったく違うが、実家も住空間のあり方は一緒だなと思ったものだ。

 あのころ、子ども心にこんな狭い官舎は嫌だと思っていたが、母はどうだったのだろう。いつも急な父の転勤辞令を「はいはい」と顔色一つ変えずに受け入れ、引っ越しもそつなくこなしていた。模様替えが大好きで、のれんをはじめ、電話の下に置くちょっとしたマットは季節ごと、一輪挿しの花器は週替わりで替えていた。

 広い家が欲しいなどと願ったところで、転勤の多い父の仕事柄かなうはずはないので、はなから「もっと広いところへ」「もっと部家数の多いところへ」なんて夢は抱かなかったに違いない。それよりも、与えられた大きさを受け入れ、どうしたら少しでも気持ちよく暮らせるかということに心を砕いてきたのだろう。

 私が見る限り、自分の望むような家に住めないことを恨んだりなどしていなかったし、むしろいろいろ工夫をすることを楽しんでいるようでもあった。いくつ部屋があるかわからないような田舎の大きな商家に生まれ育った母がよく、ふた部屋しかない官舎での4人暮らしを続けてきたものだと、いまさらながら思う。

 ずいぶん引っ越しを繰り返してきた私だが、そろそろ潮時。悪い癖は封印して、今あるものを受け入れ、工夫して暮らすことをもっと楽しもう。

 じつはいま、2階のリビングの片隅に布団を持っていって寝ようかという案が浮上している。寝室だった地下の部屋はAVルームかトレーニングルームにすればいい。さっそく、布団を敷くためのゴザを買ってみた。

 母は深夜に、模様替えすることが多かった。ひょっとしたら、間取り図をつまみにあれこれ考えながら酒を飲むのが母も好きだったかもしれない。それでパッと思いついて、たんすの移動などに子どもたちを総動員させたのかも。

 秋の夜長、引っ越しの部屋探しではなく、模様替えに知恵をしぼるのも悪くないかもしれない。

プロフィール

大平 一枝(おおだいら・かずえ)

長野県生まれ。女性誌や文芸誌、新聞等に、インテリア、独自のライフスタイルを持つ人物ルポを中心に執筆。夫、16歳、12歳の4人家族。

著書に『見えなくても、きこえなくても。〜光と音をもたない妻と育んだ絆』(主婦と生活社)、『ジャンク・スタイル』(平凡社)、『世界でたったひとつのわが家』(講談社)、『日曜日のアイデア帖〜ちょっと昔の暮らしで楽しむ12か月』(ワニブックス)『かみさま』(ポプラ社)『センス・オブ・ジャンク・スタイル』(チルチンびとの本)など。【編集または取材を担当したもの】『白洲正子の旅』『藤城清治の世界』、『昔きものを買いに行く』(以上「別冊太陽」)、『lovehome』(主婦と生活社)、『続 暮らしのヒント集』(暮しの手帖社)など。最新刊は『もう、ビニール傘は買わない。〜暮らしと自分を変える60の習慣〜』(平凡社)

ホームぺージ「暮らしの柄」

検索フォーム


朝日新聞購読のご案内
新聞購読のご案内 事業・サービス紹介

提携サイトで探す

  • 全国の売買物件をお探しの方アットホームスーモ
  • 全国の賃貸物件をお探しの方アットホームスーモ
  • 不動産会社をお探しの方アットホームスーモ

あなたの希望に沿った不動産情報・マンション情報を検索!

カテゴリ
都道府県

あなたの希望に沿った不動産情報・マンション情報を検索!