Vol.3 家なき人のマイホーム
シート1枚が保つ温もり
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壁のブルーシートから光がさし込むマスターの家。食料品や洗面具はコンビニの袋に入れて天井からつるす。「これならネズミがきても大丈夫」=名古屋市内で(クリックすると拡大画像が見られます)
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午前5時過ぎ。8畳ほどの「家」のベッドの上で、「マスター」は目を覚ます。
ブルーシートの壁越しに届く街灯の青い光を頼りに、朝のコーヒーを入れる。ゆがんだアルミ鍋に、粗びき豆をスプーン山盛り1杯。火を止めて10秒、上澄みを静かにカップに注ぐ。「若いころからの習慣。缶コーヒーよりうまい」
土間に作られた木製棚には、さびたカセットコンロが2台。壁には大小のフライパン三つのほかに、卵焼き器もぶらさがっている。
名古屋市の真ん中にある公園。幹線道路に沿って、百数十軒のホームレスの住まいが並ぶ。マスターがここの住人になって、3年が過ぎた。
家は公園で知り合った7人が建ててくれた。捨てられたベニヤ板や角材を持ち寄り、半日足らずで完成させた。廃バッテリーを並べて土台を築き、屋根のベニヤに傾斜をつけて雨対策を施した。工費がかからなかった代わりに、「腹いっぱい飲ませ食わせしたよ」。
50代。ここに来る前は、飲食店を経営していた。カウンターに並べた大皿料理が売り物だった。「そりゃあ、繁盛したわ」。だが、ツケが回収できず、多額の借金を抱えた。サウナに寝泊まりする日々。所持金が尽きたころ、路上に出た。
洋服、ふとん、食器、テレビ……。生活用品はすべて、もらいものか、拾ったもの。だが食べ物だけは別だ。賞味期限切れのものは絶対口にしない。調理師免許を持つ「マスター」の、譲れない一線だ。
アルミ缶回収の稼ぎは1日平均千円。安く、新鮮な食材を買うため、スーパーを何軒も回る。即席ラーメンには、卵とたっぷりの野菜。「バランスのいい食事が健康の秘訣(ひけつ)だよ」
年の瀬の木枯らしの夜。ブルーシートの内側で、仲間たちが土鍋を囲んだ。グツグツと音を立て始めると、誰かが声を張り上げた。「マスター! そろそろ食べてもいい?」。家主がうなずくと、裸電球が照らす部屋いっぱいに湯気が広がった。
<ダンボールハウスとホームレスのコミュニティーについて>
昨春、愛知県の中部大学建築学科を卒業した長嶋千聡(ゆきとし)さん(23)の卒論の題だ。9カ月にわたって名古屋市内の公園に通い、建築学的観点から約30人のホームレスの住まいのデータをとった。
3年生の時、コンビニで深夜のバイトをしていた。賞味期限直後の大量の弁当を「捨てるのはもったいない」と、帰り道の公園の住人たちに配るうち、そこにある家に興味を持った。土台の造り方、壁の補修法、鍵の取り付け方など、建物としてユニークで機能的だった。
「人生をリセットした人たちが、唯一の居場所として作り出した空間。それぞれの暮らしぶりに合わせて補ったり、削ったり。住むことの原点に思えた」
論文完成後、長嶋さんはチケットを求めて東京の雑踏で一晩を明かしたことがある。段ボール箱を二つ重ねた中に体を入れただけで、路上に寝ている心細さが薄らぎ、不審そうな視線を向ける通行人をグッとにらみ返せた。「何かに囲まれるだけで、全然違う。これも家の機能の一つなのかな」
夕日の公園。回収した段ボールをリヤカーに載せた男性が戻ってきた。ここに住んで10年以上、一帯の最古参の一人だ。これまでに50軒以上を建てている。「むかし大工の見習いを少しやったこともあるけど、基本的には見よう見まね。手に入るもんで建てるだけだよ」
自分の家も一人で建てた。屋根はこのあたりで珍しい切り妻型。6畳程度の部屋の奥半分、壁や天井の色が違っている。「家財道具が増えて手狭になったから、3、4年前に増築したんだ」
入り口の扉の左下に、四角い穴。
「あぁ、これ? うちの猫の出入り口」。そう話す男性の足元に、4匹の猫が寄ってきた。
(2004年1月4日付朝日新聞朝刊)
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