2011年7月20日
ドイツでも、人口の多い都市部での部屋探しは大変だ。たくさんの物件を見学し、やっとの思いで新居を見つけ、そして新たな生活に向けて引っ越しの準備に取りかかるのだが、その前に、より大きな障害が立ちはだかることがある。というのは、台所の設備を自分で調達する必要に迫られる場合があるからだ。つまり、キッチンがないまま新居での生活を始めなければならないのである。
いまでは瀟洒な部屋に住む旧知の友人女性もそんな経験をしている。「私がケルンで生活を始めたとき、最初に借りた部屋の台所には何もなかったわよ。食器はお風呂の中でシャワーをかけて洗っていたの。三人で一つの住居を借りていたので、かなり不便だったけれど、学生を始めた頃だったから、お金もなかったし、キッチンくらいなくても毎日が楽しかったわ」
新しい住居に台所設備がない理由は簡単である。新築の集合住宅では、キッチンがない状態での契約が多いからだ。あるいは内部の改修も頻繁に行われているので、流し台などの新しい設備がまったくない賃貸物件も見受けられる。だから、入居者が自ら台所の設備を調達した場合、次の引っ越し先へ、それらを全部持っていってしまうという事態が起きてしまうのだ。
その一方で、自ら設置したキッチンを、次に入居する人に買い取ってもらうという方法も一般的に行われている。それでも中古のキッチンを探している人や、売りたい人はたくさんいる。いまや、食器洗浄機とオーブン付きは主流だし、しかも冷蔵庫や吊り戸棚が一体となったものさえある。中古品といっても、しっかりとしたつくりのものが多く、それらを安く売買できる環境がドイツには整っている。
そういえば、かなり前のことだが、友人の一人がシンクの取り付け工事を手伝って欲しいと言って来た。古いのを新しいのに取り換えるというのだ。男2人がシンク用の穴を開けるのに懸命となった。そして新しくなった流し台を前にして、彼の奥さんがつぶやいた。「食器洗浄機はあるのに、いままでは仮設のような流し台しかなかったのよ。これでようやく普通に調理ができるわ」。確かにその通りだろう。
実は私も新居用のキッチンを探したことがある一人だ。台所の設備が整うまでの数週間は、床に置いた小さな電気コンロで調理し、食器は浴室で洗っていた。引っ越しが終わっても、食器の汚れをシャワーで洗い流す仮設的な生活を余儀なくされる人たちが、ドイツにはきっとたくさんいるに違いない。新居探しが一段落しても、今度はキッチンを求めて奔走する日々が続くのである。