川崎市で起きた痛ましい男児の転落殺害事件。18台の防犯カメラでは、犯罪は防げなかった。どうすればいいのか。
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オートロックの死角 紙切れ1枚で簡単に
2年前、新築で購入したわが家のマンション。エントランスで、そのうわさを試してみた。
2枚のドアが引き戸のようにスライドして開くオートロックの自動ドア。その二つのドアのわずかな透き間に、外側から内側へ、A4サイズのコピー用紙を滑り込ませてヒラヒラと振ってみた。
足元から天井へと紙を揺らしながら上げていく。しばらくすると、ガッコーン。鈍い機械音とともにドアが開いてしまった。ものの2、3分の出来事だ。
「普通ですよ。大体は開きます」
自動ドアメーカーの社員は事もなげに明かす。
今井健詞容疑者(41)が、小学3年の男の子を15階から転落死させた川崎市多摩区のマンションは、オートロックではなく、誰もが容易に出入りできた点が問題視された。だが、オートロックであっても、侵入は意外と簡単なのだ。
マンションのオートロックの自動ドアは通常、外側のセンサーがオフの状態になっている。入居者が電気錠にカギを差し入れたり、暗証番号を入力したりするとセンサーなどが働いて開く。
一方の内側は、人がいつでも外に出やすいように、ドアの上部中央についたセンサーが常に働いている。
マンションのセンサーは、人や物が放射する遠赤外線(温度)に反応する「熱線式」と、見えない光の反射で人などを検知する「反射式」が多く使われている。前者は動くものに、後者は止まっているものにも反応しやすいのが特徴だが、いずれにしても、差し入れた紙が内側のセンサーの検知内に入れば、それを感知して開くのは当たり前のことなのだ。
自動ドア販売大手のナブコシステムでは、紙の差し入れ対策として「方向性センサー」を扱っている。ドアが閉じた状態のとき、外側から内側に向かって入ってくるものには反応しない。問題は割高になる費用面。マンション分譲大手の大京は、
「エントランスのオートロックにお金をかけるより、侵入してもその先に行けないような防犯体制をとったほうが有効」
という。そうした考え方は不動産業者には多い。
オートロックの抜け道は、何も紙だけではない。別の自動ドアメーカーの社員は、「暗証番号の入力ボタンも要注意」という。
住人が押した後のボタンに粉を振りかけて、指紋が浮き出た番号を覚える、という手口も。これだと1回番号を知ってしまえば、住人が暗証番号を変えない限り、平然と出入りができることになる。
今年2月、大分市の専門学校に通う20歳の女性が、自宅マンションのエレベーターホールで現金を奪われる強盗事件が起きた。マンションはオートロックだったが、女性の後ろについて犯人が侵入し、襲われた。
マンションの自動ドアは一般的に、全開してから約2秒後に閉まるよう調整されている。ゆっくりと歩くお年寄りも想定した安全性を考えての設定だが、その閉じ時間の余裕が、住人の後ろについて入る「伴連れ」も招いている。
自動ドアメーカーの社員は、駅の自動改札を例に説明する。
改札通路の扉は、力ずくでの突破も可能だ。でも、実際にやる人はほとんどいない。
「扉は結局、心理的に遮断しているだけ。オートロックのドアだって同じ程度のことなんです」
防犯カメラの死角 赤ランプはダミーの印
東京・秋葉原の総合防犯機器専門店「ITセキュリティー」。壁一面に、日本製より手ごろな台湾製防犯カメラが展示されている。本物が約100種類、店舗入り口近くにはダミーが約20種類。素人目にはほとんど見分けがつかない。
夜間の撮影が可能な赤外線防水型の小型カメラの本物は約2万6千円。本体が同じ型で、内蔵するカメラの入っていないダミーは約1万円。この価格差に加え、本物は設置工事費も必要になるので、客の約3割は格安のダミーを購入していくという。年度末だった3月は、来期の購入を考えたマンション自治会関係者の買い物客も多かったという。
「でも、せっかくお買いになっても、取り付け方を間違って、一目でダミーとわかってしまうケースも目立つんです」
店舗統括部長の冨田和洋さんは指摘する。
例えば、雨に当たったらショートして使えなくなるのに、雨よけカバーをつけないで室内用を外に設置する。あるいは壁につけたドーム形のカメラ。ドーム形は天井裏に配線を通すため、壁への取り付けは通常あり得ないが、ダミーは裏側を両面テープで張り付けたりするので、つい手の届く位置につけてしまいがちなのだ。このほか、
「赤ランプが点滅する防犯カメラは、ほとんどがダミーです」(冨田さん)
本物はあえて点滅で存在を主張しなくてもいいわけで、悪事をはかる人間には今や常識だという。
「ダミーを買うお客さんには、電池は入れないでくださいと勧めています。点滅させないほうがよっぽど本物っぽいから」
川崎市の男児転落事件のマンションでは、不審者情報を受けて、事件直前の3月に18台の防犯カメラを設置していた。防犯カメラの映像は容疑者逮捕にはつながったが、犯行を防ぐ本来の意味での「防犯」には至らなかった。
「本物の防犯カメラでも、今のような運用方法では役に立たないですよ」
セキュリティーシステムのコンサルティングを手がける「ウェリカジャパン」代表の豊川奈帆さん(32)は、そう言い切る。
せっかく記録した映像が放置状態だからだ。
防犯カメラは常時監視するのが理想的だが、マンションではそうもいかない。せめてその日ごとに再生してチェックしてほしいが、1日分の録画の再生には、ところどころで画面を止めたりすると、2、3時間はかかってしまう。管理人が一人で見るにはかなりの負担になる。
「結局、1週間録画して何も見ないまま、新たな1週間の映像を上書き録画することを繰り返しているのが多くの現状です」(豊川さん)
エレベーターの死角 逃げ場ない密室の進化
オートロックや防犯カメラをくぐり抜けて不審者がマンションに侵入した場合、逃げ場のない「密室」になってしまうのが、エレベーターだ。カメラや窓をつけて監視する対策はかなり進んだが、
「あくまで抑止力を期待するものであって、直接的な対策になるのは少ないです」
業界団体の社団法人「日本エレベータ協会」の碓井安秋技術部長は話す。
10年ほど前には、万が一危険な目に遭ったら逃げやすいように、ボタンを押さなくても各階に停止するシステムも導入されたが、運行効率が著しく落ち、住民の不満も出たため、普及には至らなかったという。
だが、防犯意識の高まりもあり、ここ数年でカメラと窓以外の対策に取り組みだしている。
大京が今年から本格的に導入したのが、玄関のオートロックと同じように、エレベーターホールもカギを使ってロックを解除しないと、ボタンでエレベーターが呼び出せないシステムだ。これだと、住人などと一緒に紛れ込んで侵入しても、外部の人間はエレベーターに乗り込めなくなる。
三菱電機ビルテクノサービスや日立製作所が今年から始めた最新のシステムでは、非常時に直接的な効果を発揮するものもある。
あらかじめエレベーター内での人の動きを機械に認識させ、暴れるなどの異常な動きが起きた時に警報音を鳴らす。最寄りの階に緊急停止し、警備会社に通報する、といった対応を取っている。
とはいえ、こうしたエレベーターが設置されるのは、そもそも侵入するのさえ難しい高級マンションが中心。一般的なマンションでの導入はほど遠いのが現実だ。
「何をするかわからない不審者の場合、エレベーターまで来られるとどうしようもない面がある。入り口のセキュリティーを強化するのが一番の道だと思います」(碓井さん)
共用廊下の死角 生声で遠隔威嚇せよ
「団地の階段は人目が少ない。『防犯カメラあり』とでも書いてあれば、やりづらい」
04年3月、群馬県で、わいせつ目的で小1女児を殺害し、無期懲役の判決を受けた男の受刑者は公判中、裁判所にマンションの盲点や予防策を明かすかのような手記を提出した。
殺害された女児は、同級生と2人で集合住宅のエレベーターに乗り込み、途中階で降りた友だちを見送って自宅のある階に。わが家まであと10メートルのところで、立ちはだかった男にランドセルごと抱えられ、隣の部屋に引き込まれた。手記では、「子どもにしっかりあいさつされると、迷いや恐れが生まれる」とも記している。
川崎市のマンション15階から落とされた男児も、エレベーターを降りて共用廊下を歩いている背後を襲われた。屋内の共用部分は意外に監視の盲点なのだ。
セコムは、グループ内の分譲マンション販売会社の物件などで、この共用部分に着目した防犯システムを展開している。
伴連れでマンション内に不審者が入った場合、気付いた住人がエントランスなどに設けた非常ボタンを押すと、24時間監視のコントロールセンターに連絡がいく。ボタンを押した直前からの映像と集音マイクで拾った現場の声が届き、センターの監視員が確認したうえで警告。「ただいま監視中です」などの言葉を男性監視員の生声で威嚇する。
だが、このシステム、パンフレットにはあまり載せず、モデルルームでの説明も控えめにしてきた。
「最近の犯罪者はモデルルームに来て、センサーの具合やセキュリティーの仕組みの説明を受けて狙うんです」(セコム)
●秘訣は「交流」と「お約束」 優良マンション・地域に学ぶ
児童のほとんどがマンション住まいという小学校。500世帯が暮らす大規模マンション。「防犯」の決め手は……。
埼玉県南部の、川口市立芝園小学校は1学年1学級。校庭を、周囲の14階建て、15階建てが見下ろしている。
「昔は、校庭で子どもが転んで泣いていると、住民から『転んでいるよ』と電話があったそうです。今は、見えるのが良いのか悪いのか……」
安全教育を担当する石黒裕也教諭(26)は、ちょっと悩む。
一人エレベーター禁止
約2500戸がある巨大な公団団地ができた78年に、芝園小も生まれた。学区は、公団団地の一角と、隣のマンションのある一角。その間に小学校がある。児童のほとんどがマンションっ子、団地っ子。子どもたちは横断歩道を渡ることもなく、敷地内を歩いてくる。
家の隣が学校。それでも、芝園小は安全への取り組みに力を入れている。学年ごとに一緒に下校させる。同じ棟の子が一緒にエレベーターに乗る。低学年は、可能なら棟の前まで保護者に迎えに出てもらうなど、できるだけ「最後は1人」にならないように工夫する。
「1人でエレベーターに乗らない」が、お約束だ。
過去、たまたま一斉下校でなかった日に、子どもが男に追いかけられたことがある。
JR蕨駅に近く、不特定多数の人が行き来する。団地の中まで入るとさびしい場所もある。
洗濯物のはためく団地は、開放的な30年前の造り。防犯カメラはついたが、オートロックどころではない。「上階からモノを投げないでください」なんて張り紙も。
芝園小では今年1月、「地域安全マップ」作りを提唱している立正大学の小宮信夫教授を招き、自治会や商店街の協力も得て、5年生が安全チェックに街を歩いた。
最初に小宮教授から、「犯人が好きな場所は、入りやすい場所と、見えにくい場所」と習う。
「歩道にガードレールがあれば、車による連れ去りを防ぎやすい」
「エレベーターに後から人が乗ってきたら、奥に入らず、すぐ非常ボタンを押せるドア近くに立つ」
正門前の路地に、この後さっそくガードレールがついた。
子どもたちは、利用者がなく落書きだらけの遊び場スペースや、「……を見たら……ドロボー」、色あせた警察の看板を発見した。保護者からも情報が寄せられたが、今度は「こども110番の家」などと合わせたマップを作る計画だ。あそこも危険ここも怖い、になると子どもの不安が募る。
小宮教授は、ハード面が弱ければ、ソフト面で補うことが大事だと言う。
「川崎の事件で、防犯カメラの映像は犯人検挙に役立ったけれど、あれは駐輪場の長い動線を撮っていたから効果的だった。一瞬だけだと、顔を隠せる」
同時に、「防犯カメラをつけたら安心しきって何もしなくなってしまう場合がある」とも注意する。
それを絵に描いたような出来事が、千葉県船橋市であった。
「合言葉作戦」が効果
511世帯が暮らす、築5年の20階建て大マンション。玄関までの私道には、さまざまな種類のチューリップが植えられている。
住民の親睦組織の活動が盛んで、こんにゃく作りにシャボン玉大会とイベントが続く。全戸配布の「新聞」まで発行している。
夜は2人の警備員が巡回。深夜も朝も、オートロックの内側に警備員が立ち、出入りする人に声をかける。もう、住民かどうかはわかる。「お帰りなさい」の声かけはいわば「合言葉」作戦なのだ。
「初めの1年は、典型的な都会のマンションで、『隣は何をする人ぞ』。親睦組織も規約上はありましたが、何にもしなかった」
管理組合理事長で会社員の中原幹郎さん(48)はふり返る。
転機は、入居開始1年後の春。数世帯が泥棒に入られた。
カバンに入れた財布やカード、社員証まで盗まれた会社員は、早朝家族が出かけた後、自宅の鍵をかけていなかったという。
「オートロックだからと、安心していた」
泥棒は、新聞配達か牛乳配達について入ったらしい。エレベーターに乗った不審者の映像が防犯カメラに残っていたが、それだけでは捕まえられなかった。
警備員が1人いたが、巡回と映像チェックとを同時にはできない。
ここで管理組合が考えたのが、「やっぱり人の目」作戦。まず警備員を2人に。しかも「声かけ」を警備会社に強く要請した。
赤外線センサーの導入も検討したが、ペット可のマンションゆえ猫が通っても鳴るのでは困る。
ペットクラブができて、朝も夕も犬の散歩をしながらおしゃべりする人たちがいる。
「防犯に一番役立っているのは住民同士の交流。あの後、泥棒には入られていません」(中原さん)
(AERA編集部・加藤勇介、河原理子、斉藤泰生)