チラシに躍る「0円」。病気になると本当に救ってくれるのか。上乗せ金利はどのくらい、返済免除のハードルは。
(AERA編集部・斉藤泰生)
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「びっくりしましたよ。何千万円という借金をチャラにするっていうんですから」
住宅ローンの相談に乗って10年になる「家計の見直し相談センター」(東京)のファイナンシャルプランナー、藤川太さん(37)も、その新商品の登場は衝撃だった。
3大疾病のがん、急性心筋梗塞、脳卒中と診断されたら住宅ローン残高はゼロになる――そううたい上げる三井住友銀行の「三大疾病保障付住宅ローン」がテレビCMを流して販売を始めたのが昨年秋。以降、今春にかけて同種の商品を扱う銀行が急速に広がっている。
日本銀行が量的緩和政策の解除を決めた今年3月以後、藤川さんのところには住宅ローン金利の上昇を見込んで、長期固定金利への借り換えや新規借り入れの相談が増えているが、疾病保障付き住宅ローンへの関心も高いという。
「病気になってもローンを払い続ける不安感はこの10年強まっています。以前なら払えなくなったら家を売ればよかったが、今はなかなか売れないし、売っても不動産の価値の値下がりで完済できないですから」
●保障範囲は拡大傾向
銀行などで住宅ローンを組む時に加入する従来の「団体信用生命保険」は、死亡や両眼失明などの高度障害に限って給付金が支払われ、返済が免除される。新商品はこの保障範囲を拡大、社会復帰できても保障が受けられるのが特徴だ。
三井住友銀行の商品は、日本人の死因の約半数を占める3大疾病と診断されると、一定の条件のもとで給付金が保険会社から銀行に支払われ、ローンの全額返済に充てられる。住宅ローン金利に保険部分の0・3%を上乗せする設定だが、4月の住宅ローンの新規契約の13%を占め、発売半年で約5千件の成約を得た。
「予想以上の反響。ご夫婦で見えると奥様のほうが関心をもたれて契約されます」(広報部)
三菱東京UFJ銀行は3月、3大疾病に高血圧性疾患、糖尿病、慢性腎不全、肝硬変の四つの生活習慣病を加えた7大疾病保障の取り扱いを開始。いずれかの病気での入院などで1年を超えて働くことができなければ、「ゼロ」になる。保険を組み合わせた住宅ローンは新規契約の約3割に上り、
「リテール商品でここまで受け入れられるのは珍しい」
と同行ローン営業室の東英雄上席調査役も手放しの喜びようだ。先行する三井住友をにらみ、「より付加価値を」と保障対象を七つに広げた商品設計が固まったのが昨年末。それから約3カ月で発売にこぎ着けた。
三井住友のように住宅ローン金利に上乗せするのではなく、別途保険料を毎月徴収する形だが、
「35年返済として支払総額を金利換算すると、0・15〜0・17%。三井住友さんの大体半分」(東さん)
と「割安感」を計算してみせる。
表は最近相次いで発売された主な疾病保障付き住宅ローンだが、さながら保障合戦の様相だ。
関西アーバン銀行(大阪市)は、04年に3大疾病保障を他行に先駆けて商品化。ほかが追随するなかさらなる差別化で今年4月には、がんと診断されると一時金100万円を支給、どんなけがや病気でも入院すると最大3カ月分の返済額保障もプラスした。
武蔵野銀行(さいたま市)も5月から3大疾病保障に加え、がんで100万円の給付金を支給。滋賀銀行(大津市)は4月から、病気やけがで入院したら一時金10万円と、最長2カ月分のローン返済額保障を付けて販売を始めた。
●外資が仕掛けたブーム
こうした広がりについて藤川さんは、
「『安心』を打ち出すことで、住宅ローン金利を上げてもお客さんが集まるようになった。低金利競争の消耗戦から脱して、新たな保障競争に入っている」
とみる。
この疾病保障ブームには陰の仕掛け人が存在する。仏大手の金融グループのBNPパリバ保険部門傘下のカーディフ生命保険、損害保険だ。同社は個人ではなく銀行向けに保険商品を販売しており、3大疾病保障も同社が各銀行に提案した商品なのだ。
地方の銀行にくまなく声をかけて反応のあったところと話を進め、競合行との差別化を図るため、「1県1行主義」で提携。今では三井住友、中央三井信託の大手行のほか、44の地方銀行が商品を取り扱う。
2000年に日本での保険事業免許を取得した、外資でも後発組だが、このヒットで、同社の保障の付いた住宅ローン契約者数は06年3月時点で約12万人と前年同期比で倍増。社員も1年前の約40人から約70人に増えた。
世界各国で事業展開しているが、3大疾病保障付き住宅ローンは日本独自の商品という。
「欧州や北米では住宅を購入する際にこうした保険商品を持ち出すと嫌がられるようです。縁起でもないと。国民性の違いでしょうか」
とカーディフ損保の宮川賢一マーケティング営業部長。横並びでさほど特色のなかった住宅ローンの商品設定に、しがらみのない外資がアイデアで風穴を開けた格好だ。
こうした動きに生保最大手の日本生命も乗り出した。全国地方銀行協会や第二地方銀行協会などと提携して、従来の団体信用生命保険に3大疾病保障を付けた商品を7月に売り出す。
「1行ごとの提携ではなく、協会単位の提携なのでスケールメリットから保険料も安くできる」(法人商品開発室)
と主張。「カーディフへの流れを食い止めたい」と対抗心をあらわにする。
太陽生命は「介護保障特約付団体信用生命保険」を昨年12月に発売。要介護3以上と認定されると残りの住宅ローンがゼロになるもので、秋田銀行との提携を皮切りに地方銀行での展開に力を入れる。三菱東京UFJ銀行は7大疾病保障で東京海上日動火災保険と組むなど、国内生損保の商品開発も加速している。
そもそも住宅ローンは数千万円にも及ぶ大きな借金。大病を患ったからといって簡単に帳消しになるわけではない。
生活設計塾クルーのファイナンシャルプランナー、深田晶恵さんは、
「住宅ローンに0・3%も上乗せするのだから、どんなときに給付されるかよりも、どんなときには出ないのかを知ることが大事」
という。パンフレットに目をこらせば、小さな文字で「制限条件」が書き連ねてあるからだ。
3大疾病保障の場合、がんについては、軽い治療で済む上皮内がんを除き、初めてがんと診断されれば大抵は支払われる。だが、ほかの二つは病気になっただけでは保険は下りない。脳卒中は初診から60日以上たっても言語障害などの後遺症が継続、急性心筋梗塞も60日以上働けない状態が続いていることが要件で、両方とも医師の診断を必要とする。
厚生労働省の02年の患者調査によると、35〜64歳での脳血管疾患での入院日数は平均で約59日、急性心筋梗塞では約17日なので、「60日以上」の要件は結構高いハードルなのだ。
●働きながらは対象外
一方の7大疾病保障も、「ゼロ」になるには2段階の要件を満たさないといけない。
七つのうちのどの病気でも、30日間(免責期間)を超えて働けない状態が続くと、まずは月のローン返済額が保険金で支払われる。さらにその状態が1年間継続した場合に限りローン残高がゼロになる、という仕組み。ポイントは支払い条件が「いかなる業務にも従事できない状態」であること。
例えば、がんであっても抗がん剤治療を受けながら働いていたり、慢性腎不全で人工透析をしながら勤務したりしていると給付されない。職場復帰へのリハビリを兼ねた在宅勤務もダメで、入院または医師の指示による自宅療養が対象になる。
●途中解約ダメな商品も
3大疾病保障の取り扱いで先行する関西アーバン銀行では、これまでに計15件、総額で約1億6千万円の住宅ローンが保険でゼロになった。適用された病気は、すべてがん。ある銀行の営業担当者も、
「がん以外での支払いは実際には少ないだろう」
とみる。
また、3大疾病は途中解約ができない点にも注意が必要だ。完済するまで上乗せ金利は払い続けることになる。
3000万円を金利3%、35年返済で借りた場合、深田さんの試算では0・3%の上乗せ分の総コストは約213万円。
「結構大きな金額なんです」
ある生命保険会社の常務は、3大疾病保障の商品開発を検討していたとき、朝鮮日報が昨春報じた記事を目にして見送ったという。
韓国政府ががん撲滅政策で無料検診を進めた結果、初期がんの発見が増え、がん発生率が保険会社が想定した値の2倍近くにまで上昇。保険金の支払い負担が重くのしかかり、がん保険の販売を取りやめる保険会社が相次いでいた。
「同じように日本でも検診が強化されて初期がんの発見が増えれば、現状の上乗せ金利分でやっていけるのか。商品を継続させるのも難しくなるのでは」
長期保障の商品だけに先行きを不安視する。
保険料にも注意が必要だ。7大疾病保障では男女や年齢などによって設定は異なり、保険料は5年ごとに見直される。年を取れば病気になるリスクも高まるから保険料はアップしていく。3000万円を金利3%で借りた35歳男性が保険契約をした場合、深田さんの試算では当初の保険料は月321円だが、60歳になると月5869円に。35年返済で保険料の支払総額は約108万円になる。ただこちらは途中解約も可能だ。
こうした住宅ローンの疾病保障は、実は以前からあった。90年代に銀行各社は「ローン返済支援保険」を発売していた。
どんな病気やけがも保障の対象で、30日を超えて働けなくなったときに最長3年間など、毎月の住宅ローン返済を保険でカバーするというものだ。今も各行で販売しているが、商品案内はホームページの奥の奥に隠れている。
「『ゼロになります』という目新しさで集客をする売り手側の思惑にただ乗っかるのではなく、ローンに上乗せされるコストにも意識を払ってほしい。すでにがんや3大疾病の医療保険に加入している人は、同じような保障が住宅ローンでも必要なのかも見極めて」
深田さんのアドバイスだ。
◆主な疾病保障付き住宅ローン
(1)商品
(2)保障対象の疾病
(3)対象者
(4)融資額
(5)借り入れ金利・保険料
(6)主な保障内容
<三井住友銀行>
(1)三大疾病保障付住宅ローン
(2)3大疾病 がん、急性心筋梗塞、脳卒中
(3)新規に借り入れる45歳以下
(4)50万円以上6000万円以内
(5)住宅ローン金利+0.3%
(6)融資から3カ月を超えて3大疾病と診断されるとローン残高がゼロに。ただし、急性心筋梗塞、脳卒中は60日以上働けない状態や後遺症が続いた場合に適用
<三菱東京UFJ銀行>
(1)7大疾病保障付住宅ローン
(2)3大疾病のほか、高血圧性疾患、糖尿病、慢性腎不全、肝硬変の4生活習慣病
(3)新規に借り入れる20〜50歳の誕生日までの就業者
(4)30万円以上1億円以内
(5)住宅ローン金利とは別に保険料として毎月徴収
(6)7大疾病で30日間を過ぎても働けない場合、毎月の返済額を保険でカバー。その状態が1年続くとローン残高がゼロに
<中央三井信託銀行>
(1)ガン・入院保障特約付住宅ローン
(2)がん
(3)新規に借り入れる45歳以下
(4)100%給付型は6000万円、50%給付型は1億円まで
(5)100%給付型は住宅ローン金利+0.2%、50%給付型は同0.1%
(6)がんと診断されると100%給付型はローン残高がゼロに、50%給付型は半額になる
<関西アーバン銀行>
(1)三大疾病保障付き住宅ローン
(2)3大疾病
(3)新規に借り入れる20〜50歳で完済時に80歳までの人
(4)6000万円以内
(5)年齢や保障範囲により住宅ローン金利+0.15〜0.8%
(6)3大疾病と診断されると残高がゼロや半額になるほか、病気やけがを問わず、1回の入院につき最大3カ月間のローン返済額を給付、がんの診断では100万円の一時金を支払う
<武蔵野銀行>
(1)三大疾病保障付住宅ローン
(2)3大疾病
(3)新規に借り入れる20〜51歳未満で完済時に81歳までの人
(4)10万円以上6000万円以内
(5)住宅ローン金利+0.3%
(6)三井住友銀行とほぼ同じ内容に加え、がんの診断では100万円の一時金を支払う
<滋賀銀行>
(1)三大疾病保障特約付住宅ローン
(2)3大疾病
(3)新規に借り入れる20〜45歳以下
(4)50万円以上5000万円以内
(5)住宅ローン金利+0.3%
(6)三井住友銀行とほぼ同じ内容に加え、病気やけがを問わず入院すると一時金10万円と、最長2カ月分のローン返済額を給付
<泉州銀行>
(1)リビングニーズ・3大疾病保障特約付住宅ローン
(2)3大疾病のほか「余命半年」の診断も対象
(3)新規に借り入れる20〜50歳以下で完済時に80歳5カ月以下の人
(4)5000万円以下
(5)住宅ローン金利+0.2%
(6)3大疾病と診断されると残高がゼロや半額になるほか、付帯サービスで治療中の病気に関するセカンドオピニオンや優秀な専門医の紹介、24時間通話無料の健康相談に応じる
<秋田銀行>
(1)介護保障特約付住宅ローン
(2)所定の要介護状態
(3)新規に借り入れる20〜50歳以下で完済時に75歳半以下の人
(4)10万円以上5000万円以内
(5)住宅ローン金利+0.1%
(6)要介護3以上の認定を受けたほか、保険会社が定めた介助が必要な状態になると残高がゼロに