2010年9月1日
石田秀芳二十四世本因坊に封じ手を手渡す高尾紳路九段(左端)。右端は井山裕太名人=1日午後、大阪府吹田市のホテル阪急エキスポパーク、小林裕幸撮影
対局が再開してから、じっと腕組みして考え込む井山裕太名人=1日午後、大阪府吹田市
第一着を打ち下ろす挑戦者の高尾紳路九段。右は井山裕太名人=1日午前、大阪府吹田市、小玉重隆撮影
前夜祭では、井澤秋乃四段(左端)が聞き手となり、(右から順に)石田秀芳二十四世本因坊、横田茂昭九段、山田規三生九段、坂井秀至碁聖が七番勝負の見どころを語った=8月31日夜、大阪府吹田市
●挑戦者、83手目を封じる
午後5時30分、高尾挑戦者が83手目を封じ、1日目が終わった。開幕局は比較的速いペースで進んでいる。消費時間は挑戦者3時間19分、名人4時間11分。2日午前9時に再開する。
黒51から左辺に入った挑戦者に対して、名人は右上白66の三々へ。白76までで名人が隅を生きたときに、挑戦者は上辺黒77のツメにまわった。右上黒は断点が多いが、その薄みを力でカバーしようという強気の態度だ。名人が白78と応じての攻防が始まったさなかに封じ手となった。途中まで拮抗(きっこう)していた消費時間は、名人が封じ手間際の白80に27分、白82に28分を費やしたことから1時間近い差がついた。
解説の山田規三生九段は、1日目を振り返って「挑戦者は相手に圧力を与える厳しい打ち方、名人は全体を見渡した堂々とした打ち方です。今後は上辺から中央の攻防が焦点になりそうです」と話した。
●旬の棋士、地元に集う
31日の前夜祭は、両対局者が退場したあとも盛り上がりが続いた。地元関西ゆかりで、いま注目のふたりが、七番勝負の見どころの紹介のため舞台に立ったからだ。
まずは、医師免許を持つ異色の棋士のタイトル獲得としてニュースになったばかりの坂井秀至碁聖。「大阪のファンの声援が力になって、碁聖をとることができました。感謝しています」と礼を述べ、会場のファンは温かい拍手でこたえた。そして「私と張栩さん(三冠)、名人戦の井山さんと高尾さん、そして王座戦の山田さん(規三生九段)と張栩さん。東と西の対戦が続いて、関西にとっては応援しがいがあると思います。(関西の棋士)みんなが刺激しあって活躍できたら励みになりますね」と話した。
その隣には、10月に開幕する王座戦への登場が決まって間もない山田九段の姿があった。昨年の王座戦で3連敗したことを念頭に、「(今年も3連敗して通算)6連敗は恥ずかしい。この(大阪の)風を受けて、がんばれたらいい」と抱負をおだやかに語った。
「この雰囲気で『高尾勝ち』とは言いにくい」と切り出して笑いを誘ったのは、立会人をつとめる石田秀芳二十四世本因坊。井山―高尾の対戦成績は8勝1敗と一方的だが、「番碁(番勝負)はわからない。名人の唯一の心配は防衛戦ということ。名人は『防衛してなんぼ』という評価がある」「修羅場をくぐったという点では、高尾九段のほうに経験がある」と、名人経験者ならではの、当事者の心理に迫った指摘。「2局目までを1勝1敗で乗り切るのが、挑戦者が勝つ最低の条件。(名人)2勝なら90%防衛でしょう」と予想した。
●厳しい挑戦者、やわらかい名人
名人は白34とツケ、相手にプレッシャーをかけながら左右の白を連絡させた。対する挑戦者は黒35から41までで下辺をワタリながら地を稼ぐ。解説の山田規三生九段は「黒は厳しい打ち方を選びました。地を稼ぎながら、あわよくば白の壁を攻めることも狙っています」と語る。右辺黒43から47に名人が中央白48へコスむと、今度は「48は名人一流のやわらかさですね」と山田九段。手厚い棋風で知られる両者だが、持ち味が出ているのは名人のほうかもしれない。
●対局地は名人の地元
第1局が開かれている大阪府は、井山名人のおひざ元だ。初防衛がかかる七番勝負の開幕戦という注目の高さもあり、31日の前夜祭には満員となる150人ほどのファンが会場に詰めかけた。
対局場のホテルは、40年前に大阪万博が開かれた吹田市の万博記念公園にあり、「芸術は爆発だ!」で知られる岡本太郎の「太陽の塔」がそびえ立つ。歓迎のあいさつに立った阪口善雄市長は「(ホテルの)控室から、太陽の塔がパーッと見えていました。(吹田での)名人戦開催は驚きとともに光栄。35万市民がかたずをのんで見守ります」と熱く語った。
その太陽の塔を対局場の検分の際に初めて眺め、「大きいですね」と感心していた挑戦者。決意表明では「大阪の生んだ名人にどうやったら勝てるか、(挑戦決定後)1カ月考えてきましたが、どうやっても勝てそうにない。厳しい戦いになると思いますが、一局でも多く打ちたい」と控えめに切り出したが、「太陽の塔を横目に見ながら、芸術的な碁を打ちたい」と結び、会場をわかせた。
対する井山名人は「七番勝負は棋士にとって最高の舞台。一番の勉強の場。これだけたくさんの地元の声援があるので、力に変えてがんばりたい」。ひときわ大きな拍手を浴びていた。
●名人、簡明な変化を選ぶ
黒33まで進んだ午前中は、下辺で井山名人が先に仕掛ける展開だった。ただし、激しい戦いには発展せず、穏やかな局面で午後の戦いに入った。
序盤の高尾挑戦者の黒1、3、7の変則的な中国流は「臨戦中国流」などと呼ばれている流行布石。黒9、11、13と右辺一帯の模様を広げる挑戦者に対し、名人が下辺白14にツケて仕掛けたことから戦いが始まった。
黒17、白18、黒19は難解な変化を含む進行だったが、名人は白20以下の簡明な変化を選択した。24の好形を得て手厚くなった白に対し、黒も27までで下辺の白石を取り込むというフリカワリだ。黒27までで一段落。検討室では、しばらくじっくりした展開になると予想されている。
●対局再開
午後1時、互いが一礼を交わし、対局が再開した。名人は10分近く考え、白34(黒29の一路上)とツケた。昼食には、名人が温かいたぬきそば、挑戦者がローストビーフとアボカドのロールサンドイッチをとった。
●昼食休憩に
正午、名人が34手目を考慮中に昼食休憩に入った。消費時間は挑戦者1時間41分、名人1時間19分。
●いよいよ開幕
井山裕太名人(21)に高尾紳路九段(33)が挑む第35期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第1局が1日、大阪府吹田市のホテル阪急エキスポパークで開幕した。タイトル戦では初の顔合わせ。若き名人の初防衛なるか、それとも元名人が返り咲くか。
午前8時52分、高尾挑戦者が対局室に入った。2分ほど遅れて井山名人も入室。ふたりとも紺のスーツを着込み、対局開始を静かに待った。午前9時、立会人の石田秀芳二十四世本因坊が「時間となりましたのでお願いします」と告げ、握りの結果、挑戦者が先番に。第一着は右上星。名人は左上星に打って応じた。
対局は2日制。持ち時間は各8時間で、2日夜までに終局する。