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戦い、ついに右辺へ 囲碁名人戦第2局2日目

2011年9月15日

写真:途中図(145―171)拡大途中図(145―171)

図:途中図(57−100)拡大途中図(57−100)

図:途中図(101―144)拡大途中図(101―144)

図:最終図(1−179)拡大最終図(1−179)

●名人勝ち、1勝1敗に

 京都市左京区で打たれた囲碁名人戦七番勝負第2局は15日午後6時23分、井山裕太名人が挑戦者の山下敬吾本因坊に179手までで黒番中押し勝ちを収め、1勝1敗の五分とした。残り時間は名人7分、挑戦者2分。

 第3局は21、22日、青森県弘前市で。

●検討陣「名人優勢」

 右辺に侵入した白番の挑戦者は、左辺黒に脅しをかけながら必死に立ち回る。場合によっては右辺白と左辺黒の差し違えも辞さない態度だ。名人も黒157、165と強気に応じる。こちらは右辺で得をし、「左辺の黒をねらえるならばねらってみろ」という気迫が伝わる。両者、秒読みに追われながらの激戦。検討陣は「名人優勢」と判断している。

●戦い、とうとう右辺へ

 長らく続いていた左辺一帯でのねじり合いがほぼ一段落した。

 挑戦者が白124とサガったことで、左上から左下の白の一団がつながった。一方、黒は左下の白を攻めたことで、右下一帯に大きな勢力を築いた。白はそこへ侵入を試み、さらなる攻防が続いている。

●おやつの時間、深刻な局面に

 大変化の可能性をはらんだ難解な戦いは、午後に入って左辺黒の眼形をめぐる必死のコウ争いに進んだ。コウを争いながら攻防はさらに激しくなっている。

 左上の捨て石を活用して左辺黒の眼形を確かにしようとする名人に対し、挑戦者は白84、88、90と抵抗。左辺一帯を黒に譲って中央の黒六子を取ることも可能だったが、あくまでも左辺黒にプレッシャーをかける方針を選んだ。中央黒を動き出した名人は、黒91のコウダテから93と左辺のコウを争う。左上黒97のコウダテに挑戦者は中央白100で応じる。左辺黒や左上白が危険な状況。深刻な局面にさしかかった。

 と、ここで3時のおやつ。果物の盛り合わせとアイスコーヒーの名人に対し、挑戦者はやはり注文なし。

●名人、ねらいの一着

 2日目の午前中は、戦いの場が左辺から中央へ広がりながら、もみ合いが続いた。

 機敏な動きをみせたのは名人だった。黒77がうまい一着。捨て石だった左上の数子を活用し、左辺の黒の一団を生きようという作戦だ。その言い分を通せば、白は局面全体で苦戦を強いられる。この手を見て、挑戦者は頭を抱えた。

 名人が81手目を考える間に定刻の正午となり、昼の休憩に入った。温かいそばを頼んだ名人に対し、挑戦者はまたも注文せず。残り時間は名人2時間51分、挑戦者2時間26分。

●対局地は60年代の名建築

 第2局が打たれている茶室「宝松庵」は、国立京都国際会館の庭にたたずむ。会館は、毎年1月の全国都道府県対抗女子駅伝の折り返し地点としておなじみだ。

 そして、独創的な外観でも知られる。屋根は、鉄筋コンクリートの台形をいくつも組み合わせながらも、神社の社殿を連想させる。モダニズムと日本的要素の溶けあった建築は、丹下健三の右腕だった大谷幸夫氏の代表作。日本で初めてのコンペを経て、1966年に開館した。大谷氏は「古都の風情を損ねないよう、自然のたたずまいに設計の枠組みをゆだねた」という。築45年を迎えた会館は、周辺の比叡山や宝ケ池といった自然と調和し、静かに対話しているようにもみえる。

 そうした光景が目に入るのは、対局室の上座に座る名人。中盤の難所を迎え、その目には何が映っているのか。

 会館では15日午後1時半から3時半と、午後6時から終局まで、大盤解説会が開かれる。解説は瀬戸大樹七段、聞き手は井澤秋乃四段。定員各130人で先着順、入場料1千円。

●封じ手は「8の十四」

 井山裕太名人(22)に挑戦者の山下敬吾本因坊(33)が先勝して迎えた第36期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)第2局は15日、京都市左京区の国立京都国際会館で打ち継がれた。

 定刻の午前9時、立会人の坂口隆三九段が「時間になりましたので並べ直してください」と告げると、両対局者は1日目の手順をすらすらと再現しはじめた。並べ終わると、坂口九段が名人の封じ手、57手目を読み上げた。「封じ手は8の十四、出です」。厳しい手で、検討陣が本命として挙げていた。

 持ち時間各8時間のうち、1日目で名人が3時間59分、挑戦者が3時間48分を使った。15日夜までに決着する見通し。

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