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 対局に使用された盤石は相当な逸品だ。碁笥をしまう箱に「名人 林海峯」との署名があった。日付は昭和40年10月17日。当時の最年少記録、23歳で名人位を獲得(旧名人戦・第4期)した約1カ月後だ。立会人の王銘エン九段は「台湾中が大騒ぎ。これをきっかけにぼくは囲碁を始めました」と懐かしむ。

 ▲同士が段違いの状況に陥り、黒は上辺に手を出しづらい。そこで黒49へツケたが、白50が好判断。厳しい狙いを残した。

 黒51は仕方ないだろう。ここで白52が「名人らしい嫌がらせ」と、小林覚日本棋院理事長をはじめとする検討陣。対して黒54のオサエなら白A、黒B、白Cの隙が生じる。

 黒53の引きもやむを得ない。白ペースだ。誰もがそう思った。

 平田「狙いを決行するタイミングはここでした。白54で参考図の1です。白7まで上辺一帯の白地は50目以上。白優勢でしょう」

 黒4をaは白4に困る。bの断点が生じ、とても支えきれない。

 名人も図の手段は当然見えている。実戦はさらにポイントを求めた。白54、56で黒Dと守らせ、そこで上辺に向かおうとした。

 挑戦者、黙っていなかった。

(松浦孝仁)

 消費 黒:1時間23分 白:1時間39分 (持時間各8時間)

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