第37期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)を4勝3敗で制して初防衛した山下敬吾名人(34)にとって、今シリーズは「反省の多い」戦いだった。名人は何に悩み、どうやって勝利をつかんだのか。防衛から3日後の16日、改めて、挑戦者・羽根直樹九段(36)との激闘を振り返ってもらった。
2カ月半に及ぶ戦いを終えた名人は、開口一番、「不完全燃焼のシリーズでした」と語った。さらに「第1局は遠い昔」と話し、防衛までの苦労をにじませた。
8月下旬の開幕戦はまずまずの内容での勝利だったという。だが、中国で開かれた日中韓名人戦(9月9〜14日)に敗れ、帰国後に迎えた第2、3局で連敗する。
■流れを引き戻せず
1勝2敗という数字以上に悩んだのは内容だった。「一局の碁で、流れが相手に行くということはもちろんあります。そこから流れを引き戻さないといけないのに、それがまったくできなかった。悪いなりにも、どこかでチャンスをつくらなければいけなかったのですが」
悪手を打って負けるのとは違う、戦い方や構想にかかわる不振。「どうしていいかも分からなかった」という。他棋戦の対局がほとんどなかったこともあり、1カ月以上、勝利から遠ざかった。
悪い流れを断ち切ったのは第4局の快勝だ。「正直ほっとしました。1日目から流れがよかったので得意の碁形になった。気持ちの上でも楽になりましたね」。第5局も、「隙はありましたが、おおむねよく打てた」という好局。3勝2敗として防衛が目前になった。
ところが、一気に決めるつもりで臨んだ第6局は、一方的に押し切られた。「いけそうな碁形だと思っていたら急に手が出なくなった。封じ手の少し前のことですが、いまだにどう打つべきだったか分かりません」と語った。
■昨年の対局浮かぶ
「終わったことはしょうがない」と気持ちを切り替え最終局に臨んだ。羽根九段との直近のタイトル戦は昨年の本因坊戦。その時のことを思い浮かべたという。「羽根さんはシリーズ後半に強いイメージがあって、実際、七大タイトル戦の最終局に負けたことがなかった。でも、あの時は僕が勝ちましたからね」
しかし、布石で失敗し、形勢は「やけに悪かった」という。悩んだ末に選んだ封じ手白1(56手目)は、名人にとって今シリーズ最大となる62分の長考。「1日目は、まだ何が起きるか分からないぞ、と信じて戦っていた」という。
白7の両ノゾキから11、13の出切りが「勝負をかけた」決断の仕掛け。名人防衛への強引な勝負手だった。
■なにかやらないと
「白3と引いたあたりで、次に黒4と受けてきたら白7に行こうと決めていた。でもずっと迷ってはいました。うまくいかなそうだけれど、なにかやらないとしょうがないという覚悟でした」
勝負手によって乱戦に持ち込むことに成功。「まだ苦しかったですが、だいぶ紛れてきた」と実感した。この後さらに中央付近で戦いを挑み、逆転に成功した。羽根九段が投了する数手前には、勝利を確信して「防衛」の2文字が頭をよぎった。「それで『いかん、いかん』って気を引き締めました」と話した。
「数日たって、改めて良かったなと思いますが、やっぱり情けない。収穫なんてあるのかどうか。でも、あっさりと土俵を割った3戦(第2、3、6局)とは違い、最終局はちゃんと勝負をかけて戦った。自分でチャンスをつくろうと積極的に動くことができました」。最後の最後で攻める姿勢を貫き、虎の子のタイトルを守った。(伊藤衆生)
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■七番勝負結果
第1局(8/30、31)
○山下 中押し△羽根●
第2局(9/20、21)
●山下△中押し 羽根○
第3局(9/27、28)
●山下 中押し△羽根○
第4局(10/10、11)
○山下△中押し 羽根●
第5局(10/17、18)
○山下 中押し△羽根●
第6局(10/31、11/1)
●山下△中押し 羽根○
第7局(11/12、13)
○山下 中押し△羽根●
山下、4勝3敗で初防衛(△は先番)
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