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第31期名人戦七番勝負 第2局

 【9月20、21日 べっぷ昭和園(大分県別府市)】】 
●張栩 名人   対   ○高尾紳路 本因坊

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日程七番勝負第2局フォトギャラリー

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大竹立会人に声をかけられ、緊張が解けた瞬間の高尾本因坊

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終局直後の張名人。疲労感と無念さがうかがえる

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(手前右から)大竹立会人、記録係の武宮五段と安藤二段、王九段(奥)が記者の質問に応じる両対局者を見つめる

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夕食会で供される「鉄腕稲尾ビール」。対局場のべっぷ昭和園のグループである山香綺ら羅(株)が製造している

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白熱する勝負に合わせるかのように対局室の掛け軸が掛け替えられた

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黒107までを受けて、大竹立会人(右)と王九段がさらに検討を進める

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封じた90手目「6の十一」のハネを打ち下す高尾本因坊

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1日目の手順を並べ直す張栩名人(右)と挑戦者の高尾本因坊

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午前8時58分、張名人も着座

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先に着座し、碁盤を拭きながら張名人を待つ高尾本因坊

  1日目 | 2日目

「右上の走りが大きかった」 大竹立会人

 大竹立会人は第2局のポイントとなる場面として、「序盤の右上で白が22と走った手が大きかった」と語った。

 名人は布石で左辺での意欲的な構想をアピールしたが、高尾挑戦者は自然体で応じた。地は黒に遅れないように右辺や左上、上辺右に着実に確保しつつ、局勢に遅れなかった点を強調した。

(09/21 18:30)

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高尾挑戦者の大局観さえる

 王銘エン解説者は高尾本因坊の勝因について、次のようにコメントした。

 「大局観が勝利を呼びこんだ。名人が『左辺からの構想で黒はいける』とアピールしたのに対し、『自分の判断で大丈夫』との強い自信と大局観を持ち、堂々と対応した。どっしりと落ち着いた打ちっぷりは、充実を物語る。昨年の本因坊戦で(名人に)勝ったことも、自信につながっているのだろう」

(09/21 18:25)

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高尾本因坊が中押し勝ちで2連勝

 第31期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第2局は21日朝から大分県別府市のべっぷ昭和園で2日目が打ち継がれ、午後5時53分、挑戦者の高尾紳路本因坊(29)が、張栩(ちょう・う)名人(26)に210手までで白番中押し勝ちした。持ち時間各8時間のうち、残りは名人13分、挑戦者25分。第3局は28、29の両日、神戸市で。

(09/21 18:10)

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「白に残りそう」 王九段

 最終盤の小ヨセのさなか。解説者の王九段は「コミがかり必至で、どうやら白に残りそう。間違っていたら、お詫びします」。

 立会人の大竹名誉碁聖は「終局は午後6時半だね」。

 形勢が微妙に悪い張名人が、起死回生のヨセ手順を見いだすかどうか。

(09/21 17:23)

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小ヨセの局面に

 すでに、小ヨセの局面。検討室では「白がやや良し」との形勢判断だ。

 張名人は黒145から149にかけて、中央部分でしっかりヨセようと頑張る。

(09/21 16:25)

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別府出身、鉄腕稲尾と囲碁の「縁」?

 別府はかつてのプロ野球・西鉄ライオンズのエース、鉄腕稲尾和久投手の出身地。彼は別府緑が丘高校からライオンズに入った。父親が漁業に携わっていたので、子どものころから小舟の櫓(ろ)をこいでいたことが、足腰や肩を強くした。なおかつ、家から近い朝見神社まで駆けて、石段を上り下りしたことも強い体づくりに役だった。

 ライオンズの全盛時代を指揮したのは、「三原マジック」で知られる監督の故三原脩(おさむ)さん。選手起用と隠れた才能の発見に余人を寄せつけぬ眼力を発揮、稲尾投手の大成を引っ張った。1958(昭和33)年、読売ジャイアンツとの日本シリーズで、3連敗4連勝という劇的な逆転劇を指揮したのは有名だ。主戦の稲尾は連投に耐え、「神様、仏様、稲尾様」と絶賛を浴びた。

 ところで、なぜ、球史に残るこの逸話と囲碁が結びつくんだ? との読者の疑問に応えなくてはならぬ。

 実は、三原監督の最大の趣味が囲碁だったのである。事実、日本棋院の東京・八重洲囲碁センターが3年前に改装オープンしたときの記念写真展で、笑顔で囲碁を楽しむ往年の三原監督の写真パネルが掲げられたこともある。

 三原ライオンズのときの3番打者で、後に三原監督の娘と結婚したスラッガー、中西太さんは「親父は碁が好きでね、『碁をやればチームづくりや用兵に役立つぞ』と言われたもんです。後に、ぼくは監督もしたけれど、結局碁はやらなかった。親父の薦めを聞いて、碁をやっていれば優勝できてたかもしれないね」と、苦笑いして述懐したこともある。

 以上、別府と稲尾投手と三原監督と囲碁の小咄(こばなし)でした。

(09/21 14:45)

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対局室の掛け軸、2日目は「獨座大雄峰」に

 21日朝、対局室の掛け軸が、前日の「秋水冷々」から「獨座大雄峰」に掛け替えられた。

 この「獨座大雄峰」は、小野澤寛海老師の書。「一日作(な)さざれば、一日食(くら)わず」という金言を吐き、自らこれを実践した僧侶の百丈懐海大宗匠を「獨り大雄峰に坐す」と言い表したもの。

(09/21 14:01)

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対局再開

 昼食休憩を終え、午後1時に対局が再開された。張名人の111手目は6の七。

(09/21 13:15)

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110手までで昼食休憩に

 第31期囲碁名人戦七番勝負第2局の2日目は、高尾本因坊の110手目までで昼食休憩に入った。対局は午後1時に再開される。ここまでの消費時間は張名人4時間45分、高尾本因坊5時間44分。

 上辺白110の後、張名人が黒111手目を考慮中の午前11時52分、昼の休憩に入った。名人が、正午までの考慮時間は自分の消費時間に参入しておいてほしい旨を記録係に告げて立ち上がると、高尾挑戦者もすぐ立ち上がって二人とも退席した。

(09/21 12:10)

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大竹立会人「形勢は細かい」

 上辺白108までの時点で、検討室では大竹立会人と王解説者が、中盤から終盤に向かいつつある局面の様々な変化図を作って形勢判断をしている。

 左辺の黒103までで、左辺の黒地はほぼ確定した。ざっと45目見込めるという。大変広い黒地に見えるが、検討陣は、「これは大きい貯金」とは断言しない。むしろ「これで大きいと言えるかどうか」と、やや引いた見方が強い。

 右下の黒地はコミ分として、白も右辺や左上、上辺右としっかり地を確保しており、「負けていませんよ」と主張している風に見える。

 上辺に白104と打ち込んで、白は攻めをうかがいつつ、地を取りに出た。

 104では、白14の右一間トビも予想されていた。この方が、上辺黒への攻めは厳しいといえる。白の攻め含みのうちに、大ヨセに入りかけている。

 ここまでの形勢について、大竹立会人は「形勢は要するに、細かいんだよね」。王九段は「序盤の原風景が残っている」。えらく詩的な表現なのは、朝のNHK衛星放送の中継で、聞き手の巻幡多栄子三段が王九段のことを 「新聞記者の王銘エンさん」と誤って紹介したことに悪ノリしたジョークかもしれない。

(09/21 12:00)

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「一手一手が勝負どころ」 王九段

 封じ手から下辺白98まで、王銘エン九段が解説する。

 封じ手は中央左、白90ハネ。予想された手だ。下辺の白一団を外につなげ、右の黒一団にも圧力をかける。 黒95に白96は、左右の黒を分断する意図。 黒97キリは下辺白の生きを強いた。

 白はやむなく98オリで生きたが、小さい手で辛いところだ。 前日、下辺右の黒一団も右下の黒81で生きたが、 これは大きい手。

 81と98は似た意味の手ながら、大きさは雲泥の差がある。 これからも一手一手が勝負どころといった攻防が続く。

 焦点は中央と上辺、および左辺の黒の収まり方。その意味で、次の黒99は注目される。白は黒の出方を見て、攻勢に転じたいところだ。 中盤から終盤に向かいつつある微妙な時期だ。

(09/21 10:38)

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対局再開、2日目始まる

 張栩名人(26)に高尾紳路本因坊(29)が挑戦している第31期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第2局は21日午前9時、大分県別府市のべっぷ昭和園で2日目が始まった。

 高尾本因坊が封じた90手目は6の十一のハネ。

(09/21 09:14)

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  1日目 | 2日目


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