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最年少名人はネット仕込み パソコンで師匠と1000局

2009年10月15日

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写真張栩名人(右)を破って最年少で名人位を獲得し、感想戦で対局を振り返る井山裕太新名人=15日午後、静岡県熱海市、林敏行撮影

写真対局する小学生時代の井山裕太新名人=日本棋院提供

写真98年に放送されたテレビの囲碁番組で、“小学生日本一”としてプロと対局する井山裕太八段。8歳だった。左奥は祖父の鐵文さん=日本棋院提供

 20歳の名人が囲碁界に誕生した。「現代最強の棋士」とも言われる張栩(ちょう・う)名人(29)を第34期名人戦七番勝負で15日に倒し、史上最年少で名人位を手にした井山裕太八段。小学校時代にプロ入りが決まり、10代後半で数々の記録を塗り替えてきたネット世代の旗手が、最速で碁界の頂点に駆け上った。

 初の平成生まれの名人。そのルーツは、ごく普通の家庭だった。大阪府東大阪市の自宅。会社員の父・裕(ゆたか)さん(47)が囲碁を覚えようとテレビゲームの囲碁ソフトで遊んでいたとき、5歳の井山少年が興味を持った。一緒に遊んだら、「数カ月で歯が立たなくなった」(裕さん)。

 囲碁のアマ強豪だった祖父の鐵文(てつふみ)さん(78)に碁盤で手ほどきを受け上達。小学1年で、兵庫県宝塚市に住む石井邦生九段の弟子になった。

 弟子といえば通常は師匠の家に通うことが多いが、石井師匠の家が遠かったこともあり、指導は主にネットで受けた。電話回線を通じて自宅でテレビ画面を見て対局し、終局したら電話で指導を聞く。師弟のネット対局は1千局を超えた。「ネット世代の申し子」と称されるゆえんだ。

 「ほかの子たちと違ったのは、自分が納得するまで徹底して考える姿勢だった」と石井九段は話す。

 2年生のとき、少年少女全国大会の小学生の部で優勝。このころ「世界チャンピオンになりたい」と語っている。3年生で、中国・北京で開かれた子ども大会に出て5勝4敗。「初めて年下に負けた」と悔しがった。帰国後、日本棋院の「院生」になり、プロを目指す道に入った。

 プロ入りが確定したのは小学6年。12歳だった。トップ棋士の多くは中学時代にプロ入りを決めているが、小学校時代に決めた棋士はほとんどいない。石井九段は「10代のうちに(七大)タイトルを取ってほしい」と弟子の前で語った。公立中学に入学した02年4月1日、正式にプロ棋士になった。

 「最初のお給料(対局料)はびっくりするくらい少なくて、1万円あったかどうか。将来は大丈夫なのか、心配になりました」。義務教育期間中だった当時を、母・宏美さん(47)はそう語る。

 高校には進まず、囲碁に専念。05年には16歳で阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦に優勝し、公式戦での最年少優勝記録を32年ぶりに塗り替えた。ほかにも棋聖戦リーグ入り(17歳)、名人戦リーグ入り(18歳)など、次々と最年少記録を塗り替えた。

 “10代で七大タイトル”の好機は昨年、19歳で訪れた。名人戦七番勝負。「あこがれの存在」だった張名人に惜敗したが、今回の再挑戦で、ついに名人位をもぎとった。

 「10代のうちに、という師匠の期待には応えられなかったけれど、昨年の経験があってタイトルをとれた。僕も成長できたのだと思います」(伊藤衆生)

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