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張名人、20年ぶり四冠達成 08年囲碁界を振り返る

2008年12月16日

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写真張栩名人は碁聖、名人の防衛に続き、天元、王座も奪取した

写真19歳で名人挑戦。大活躍した井山裕太八段

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 ベテランの七番勝負再登場、16年ぶりの3連敗4連勝、19歳の名人挑戦、20年ぶりの四冠達成(七大タイトル)など、活況を呈した一年だった。タイトルの移動は四つ。一つ(名人戦)だった昨年とは様変わりした。七番勝負(名人、棋聖、本因坊戦)がすべて最終局までもつれたのも、実に16年ぶりだった。

 年初の棋聖戦は、かつて“七番勝負の鬼”といわれた50代の趙治勲二十五世本因坊が挑戦者になり、山下敬吾棋聖を苦しめた。夏の本因坊戦では羽根直樹九段が高尾紳路(秀紳)本因坊に3連敗後の4連勝という大逆転でタイトルを奪取した。棋聖戦で最後まで戦った趙が時期を同じくして打たれた十段戦でタイトルを失い、十段奪取の高尾が直後の本因坊戦で4連覇を逃したのは皮肉な結果だった。

 7月、名人戦リーグ初参加の19歳・井山裕太八段が史上最年少名人挑戦者となった。9月開幕の七番勝負では、「打ちたい手」を打って張栩名人に連勝。「初の10代名人か」と話題をさらった。張は第一人者の底力を発揮して第3局から3連勝し、11月5、6両日の最終局で防衛を決めた。井山は、9月の王座戦挑戦者決定戦で張に敗れ、10月の棋聖戦挑戦者決定戦では依田紀基九段に敗れた。最前線での活躍が目立ち、ビッグタイトル獲得の期待を抱かせる。

 夏の碁聖3連覇で上り調子にあった張は、井山との激闘で勢いづく。12月4日に天元、8日に王座を奪取し、わずか5日間で二冠から四冠になった。張はNHK杯と阿含・桐山杯全日本早碁オープン戦にも優勝。計6棋戦で栄冠を手にした。

 女流棋戦は梅沢由香里女流棋聖が初防衛。女流名人戦では謝依旻女流本因坊が加藤啓子女流名人を下して、女流二冠(女流本因坊は11月に初防衛)になった。女流碁界は19歳・謝を中心に動いている。

●「頭脳五輪」で日本は銅

 国際棋戦でも記念碑的な年だった。囲碁、チェス、ブリッジなど“頭脳スポーツ”の大規模な世界大会「第1回ワールドマインドスポーツゲームズ(WMSG、頭脳五輪)」が10月、五輪開催地の北京で開かれ、最終的には5競技で35の金メダルが争われた。

 約60カ国・地域から500人以上が出場した囲碁は男女の各団体、個人戦など6種目があり、日本は団体男女の銅メダル(3位)2個にとどまった。昨今のプロ国際棋戦で優勝のない日本にとっては銅は「指定席」という印象だ。

 今年は国際棋戦が多く開催された。主な棋戦は開幕順に春蘭杯(3月)、富士通杯(4月)、応氏杯(同)、LG杯(5月)、テレビアジア選手権(6月)、トヨタ&デンソー杯(8月)、三星火災杯(9月)の七つ。日本勢の決勝進出はなく、張栩名人のトヨタ&デンソー杯ベスト4(3位)が最高だった。

●大竹新理事長の難局打開に注目

 日本棋院の運営においては激動の年。12月9日の理事会で大竹英雄副理事長=名誉碁聖=が第15代の理事長に選任され、日本棋院のかじ取りを担うことになった。日本棋院は「公益財団法人」への申請をめざしていたが、棋院内の足並みがそろわなかったことなどから、年内の申請を見送った。不景気などの影響で、11月には女流プロ最強戦の今期限りでの中止も発表された。難局にあって、棋士としては6人目となる大竹理事長の手腕が問われることになる。

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