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130 朝日新聞
朝日新聞創刊130周年記念事業
- 朝日新聞 2009年09月30日掲載 -

スペイン風邪拡大 刻々と

 大正時代中期に全世界を襲ったスペイン風邪は、人類が初めて経験した新型インフルエンザの爆発的流行といわれます。これまでのところ、スペイン風邪を上回るインフルエンザの大流行は過去には知られていません。日本でも数十万人が命を落としました。史上最悪のインフルエンザに直面した大正の人々は、正体不明の相手とどう闘ったのでしょうか。2010年春に完成する朝日新聞の明治・大正期紙面データベースには、スペイン風邪の記事がたくさん載っています。(福井仁)
 (引用文は、漢字の字体、表現などを現代表記に改めました)

 

首相も感染(19年2月)

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スペイン風邪の大流行を伝える記事(1919年2月3日付)

 短期間に患者は爆発的に増えた。内務省衛生局の調べを伝える記事は「総患者数は1千万人近い。東京府だけで10月28日から平均で毎日200人以上の死亡者を出している」(1918年12月25日付)と書いた。当時の人口は5600万人だったから、2カ月ほどで5~6人に1人が感染したことになる。
 年を越して流行は続く。「大臣では原首相をはじめ内田外相、高橋蔵相らが引きこもり中で、ほかの高官にも患者が少なくない」「患者は増える一方、医師にも伝染し、看護師も倒れる。東大病院は入院を断っているし、ほかの病院もすべて満員。実に恐ろしい世界感冒だ」(1919年2月3日付)
 都会から地方に逃げる人もいた。「熱海は感冒避難客で温泉宿はどこも満員で、客が布団部屋にまであふれている」(2月19日付)

より悪質に、工場閉鎖も(20年1月)

 次の冬も流行は続く。しかも、スペイン風邪の被害はより悪質になっていた。
 「恐ろしい流行感冒がまたしても全国にはびこって最盛期に入り、死者続出の恐怖時代が来たようだ。せき一つでも出る人は外出するな。その人のせいでたくさんの感染者を出すかもしれない」(1920年1月11日付)
 朝日新聞は1月から、東京市内の1日の死者、患者数を紙面に掲載した。1月19日には「死亡者337人、新患者3万2千余人」とある。
 社会に与えた打撃も大きかった。人々は人込みを嫌い、「銭湯、寄席、映画館、理髪店は流感にたたられて客がめっきり減った」(1月16日付)という。働き手が不足し、工場や交通機関なども通常に機能しなくなった。「流感悪化し工場続々閉鎖」(1月11日付)「交通通信に大たたり 市電も電話局も 毎日500~600人の欠勤者」(1月23日付)

混乱する火葬場

 通常時をはるかに上回る死亡者が出て、遺体の処理も混乱した。
 「大阪市内の火葬場は昼夜兼行だが、1週間以上の焼き遅れもある。死体のまま汽車や汽船で郷里に送られる例も多い」(1918年11月11日付)
 1919(大正8)年6月、東京市議が、民間ばかりの東京の火葬場に市営も設けるべきだと提案した際、こんな指摘をした。「悪性流行感冒がひどかった時には棺おけが積み上げられ、名前と遺体が違うのもあった」(24日付)。
 「火葬場の新記録」という記事は、東京・砂村(現江東区)にあった火葬場の様子をこう書いた。「開所以来最高の223のひつぎが運び込まれ、午後9時の終業時間を過ぎても作業に追われた」(1920年1月20日付)

 

大きな流行なし(21年1月)

 「国を挙げて戦々恐々の春を迎えたが、幸い今年はまだその魔の手がのびない」(1921年1月6日付)
 スペイン風邪発生から3回目の冬。1920(大正9)年から21(大正10)年のシーズンも国中が神経をとがらせた。しかし、季節性のインフルエンザ程度で、大きな流行はなかった。

 

マスクは品切れ続き(1920年1月)

 当時の予防法は、基本的には現代と変わりはない。
 「感冒の注意書き 昨日警視庁から発表」という記事には、当時、衛生行政も受け持っていた警視庁がまとめた予防策が書いてある。
 「(1)多くの人が集まる場所に行かない(2)外出する時はマスクをする(3)うがい薬でうがいをする(4)マスクをしない人が電車内などの人込みでせきをする時は布や紙で口と鼻をおおう(5)せきをしている人には近寄らない(6)頭痛、発熱、せきなどの症状があるときはすぐに医者に……」(1919年2月5日付)。
 1920年1月19日付には「家庭に備える流感退治の薬品」としてマスク、うがい薬、水枕などをあげた。「マスクはどの店でも品切れ続きだ。悪徳商人が粗悪品を売ったり、大幅値上げをしたりしている」という。

「自衛的観念乏しい」(1920年1月)

 「電車内の禁制に感冒予防の一項」(1920年1月3日付)という記事がある。警視庁が、電車内の禁止事項(たんつばをはく、太ももを露出する、たばこを吸う)に、新たに「手放しのせき」を加えるという。「福永衛生部長は言う。『市民の衛生についての自衛的観念が乏しいのは驚くほどだ。マスクを着けている人は何人もいないし、恐るべき伝染病の感染を放任している』」
 読者投稿欄には、東京の市電について「閉じられるべきは乗客の口で、開かれるべきは電車の窓だ」という意見が載った(1920年1月17日付)。マナーは簡単には改善されなかった。

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