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130 朝日新聞
朝日新聞創刊130周年記念事業
- 朝日新聞 2010年04月06日掲載 -

情報の大海原にこぎ出せる

キーワードを監修した五百旗頭(いおきべ)薫さん 東京大学社会科学研究所准教授

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 最近まで、明治大正期の新聞を調べるには、分厚い縮刷版やマイクロフィルムを繰るのが一般的だった。肩と目が疲れた。原紙は、破損しないように一枚一枚慎重にめくる。気が疲れた。
 しばしば記事を見落とした。明治の初めは、社説や雑報記事に題名がないのが普通だった。めくり直せば常に「新しい発見」があり、うかつさにため息をついた。
 専門家でもこうである。先祖や家族のことを調べたいファミリーヒストリアンや、仕事や職場の歴史に関心がある実務家にとって、情報の大海原にこぎだすのにはかなりの覚悟が必要だった。
 読売新聞が1999年に明治期のデータベース(DB)を世に問うと、事態が一変した。画面にキーワード(KW)を入れると記事の一覧があらわれ、クリックすると記事の本文が開く。読んだり、印刷したりもできる。初めての時はほおが自然と緩んだ。
 朝日新聞がDBを作ると聞いてうれしかった。朝日と東大明治新聞雑誌文庫(明治文庫)が設けた共同委員の1人になり、KW選定に協力する役目を頂いた。読売への恩を朝日に返そうと思った。
 気鋭の若手に声をかけてタスクフォースを組織した。朝日側が記事にKWをつける作業を進め、タスクフォースが修正意見を示す。これは貴重なDBになると確信した。
 朝日新聞は党派色をおさえ、広く読者に歓迎される新聞を目指したため華々しい政論に欠けた。しかし、ゆるがぬ経営基盤を築いた上で政府に物申すというスタイルで、存在感を確立していった。
 国民生活と地方の実情への目配りもあった。DBに収録される紙面は東京朝日新聞が基本だが、先に創刊された大阪朝日とあわせれば地方の情報をかなり拾える。大阪の紙面も一部の重要記事をKW検索の対象に含め、すべてを日付検索で読めるようになった。重要記事の選定には土屋礼子・大阪市立大学大学院教授のグループが活躍された。

 中国大陸の情報も充実していた。日清・日露戦争の報道合戦では大阪朝日と大阪毎日(今日の毎日新聞)が好敵手だった。軍閥抗争への読者の興味は強く、安直戦争や直魯軍などの細かい報道に遭遇する。ここでは中国史に強いメンバーに助けられた。
 このDBには、KW検索のほかに、「戦争」「移民」「産業」といった抽象度の高いカテゴリーのリストがある。具体的なKWが思い浮かばないユーザーも、興味のあるカテゴリーから入れば、100年前の記事に出会える。
 カテゴリー表を作っているうちに、ある野心がわき上がってきた。朝日の政治的スタンスには変遷があったが、国民生活とそれを脅かすものへの視点は一貫している。「産業」と「災害」「事件」「事故」といったカテゴリーの下に、より詳細な分類を設ければ、朝日の特徴をとらえたDBになるのではないか。
 タスクフォースの一部や大学院生らと年末年始返上で作業した。産業については、政府統計局の「日本標準産業分類」に微修正を加えて組み込んだ。自分が携わる産業と同じ分類の下で、過去にどんな生業があり、どう報道されたかを知ることができる。安全・安心に関心のあるユーザーは、災害・事件・事故から「台風」や「詐欺」といった下位カテゴリーに進める。
 KWの設定が一番大変であった。DBに「新しい発見」はない。あるKWでヒットする記事群は常に同じだから、作る側の責任は重い。しかも朝日側は、KWの学問的精度を強く求めた。我々タスクフォースは、日常の言葉と研究用語の双方をカバーし、学界の変化にもある程度堪えるものを目指した。

我々は張り切りすぎたのかもしれない。研究者としての使命感から、KWの追加を色々と提案した。朝日側もさすがに難色を示し、長い議論が繰り返された。
 研究テーマになるようなKWはしばしば抽象度が高く、記事の内容から乖離(かいり)しやすい。それは別の意味で学問的精度を損ねるという指摘を明治文庫側委員からいただき、タスクフォースと朝日の塹壕(ざんごう)戦も一段落した。タスクフォースに集った歴史家は、自説に固執してチームワークを乱すことはなかった。
 ところが、次回のKW追加提案は、必ずしも減らなかった。穏やかだが頑固なのである。相談して大きく削る、ということを繰り返して基準が定まっていった。
 このDBの最大の意義は、人間による不完全な作品であるという点にある。KW検索で記事を読んだユーザーは、DBの癖や限界に気づくかもしれない。そこで日付順に紙面をめくるという古風な手段に訴えるということもあるだろう(DB上でもそれができる)。
 「新しい発見」を排除するのではなく、支える方向にDBが機能するならば、かかわった人間として大きな喜びである。

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