世界最大のイスラム人口、国民の9割近くがイスラム教徒であるインドネシア。マルク諸島の宗教対立やアチェ特別州の分離独立運動など国内に厄介な抗争を抱えるだけに、米英によるイラク攻撃が宗教対立を刺激し、混乱を呼ぶのではと心配された。
たしかに、攻撃前からインドネシア全土で反戦運動の大波が起こり、いまでも米英によるイラク攻撃を厳しく非難する論調が支配的だ。だが、各地の反戦デモは整然と行われ、懸念されたような治安の悪化は起きていない。一昨年10月のアフガニスタン空爆や昨年10月のバリ島爆弾テロ事件直後の過激な反米デモや宗教感情の高まりと比べて、今回の抗議運動ははるかに冷静沈着だった。
イラク問題の武力解決に対して政府が早急に反対姿勢を示したことや、外国人追放などの過激な行動に治安当局が当初から厳しい処置を取ると明言したことが功を奏した面もある。
しかし、より大きな原動力は、さまざまな宗教団体や市民団体が力をあわせて宗教間の協調や対話を進め、過激な反米運動や宗教対立感情の暴走を防ぐことに努力したことだ。
開戦前の2月11日、イスラム教導者会議のアミダン副議長は「イラク攻撃は宗教戦争ではない」とし、「攻撃が現実になってもイスラム教徒は過激な行動に出るべきではない」と国民に呼びかけた。
さらに2月20日には国内のイスラム団体、カトリック教会、ヒンズー教、仏教の代表からなる使節団がバチカンで法王と会談し、米国とイラク双方に国連決議遵守を呼びかけると同時に「宗教戦争にしてはならない」と訴えた。
攻撃開始直後の3月22日には、各地で抗議デモが続く中、イスラム、カトリック、儒教などの宗教指導者がジャカルタ国立イスラム大学に集い、「攻撃は人道的大惨事であるが、宗教戦争ではない。各宗教の指導者はこれを理解し、イラク攻撃が宗教間の対立を引き起こさないよう信者の啓蒙に務めよう」と呼びかけた。
同時多発テロ事件やバリ島爆弾テロ事件直後には一部団体が過激な反米運動へ暴走した苦い経験があった。安保理承認という大義がないまま英米がイラク政府転覆に踏み切った異例の事態であったにもかかわらず、今回国民の大半が平和裡に抗議の意思表示を続けていることは、寛容と多様性を重視する市民社会がこの国で成長してきていることの現れといえる。
2003年5月7日