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コラム
アジアと欧米の識者らによる様々な立場からの意見です
インドの総選挙と中国
國廣 道彦
元駐中国大使(前AAN委員)


國廣道彦
國廣道彦

今回のインド総選挙の結果は多くの予測に反して国民会議派の勝利に終わり、ヒンズー政党を基盤とするバジパイ政権は退場しなければならなくなった。

選挙の結果を見て、後追い的にさまざまな分析が行われ、インド人民党(BJP)敗退の理由がいろいろ挙げられている。要するに、選挙前の世論調査は与党BJPの圧倒的勝利を予想していたが、それは都市部を中心に調査したものであって、地方の政治情勢を十分察知していなかった。インドの国民の70%は農村に住んでいて、彼らはハイテク中心のインドの経済発展から取り残されていることに怒りを示したのだという。インドはコンピュータ・ソフト、アウトソーシング等で高度の経済成長をとげ、バジパイ首相は「輝くインド」をキャッチフレーズにして繰上げ選挙に打って出たのだが、IT分野の技術者は9億人のインドの人口からすればごくわずかに過ぎず、ITの発展の利益から疎外されたままの農民と都市部に氾濫する労働者が与党に反撃したというのである。

こういう解説を読んでいると、当然中国との比較をしたくなる。

中国も人口の3分の2が農民で、経済の高度成長から取り残されている。都市部にも現実には10%くらいの失業者がいると言われている。いま仮に中国でインドと同じような選挙をしたらどういう結果になるだろうか。当然中国の指導者たちは自問しているに違いない。いや、もっと前から胡錦濤体制の指導者はこの問題を十分意識していて、一昨年秋の第16回党大会以来、農民、弱者に配慮せよという路線を打ち出してきた、と言うこともできる。

それでも、今回のインド総選挙が白日の下にさらした現実は、中国の指導者のみならず、インテリにも大きなインパクトを与えているであろうし、中国としては農民、弱者に対する援助を加速しなければならないという感じを一段と強めているであろう。

中国の経済・社会格差の問題は機会あるごとに取り上げられる。インドについては、もっと多くの貧しい人たちがいることを知っていながらあまり口やかましく言わない傾向がある。それは、インドには選挙があって国民の不満を政治に反映する道が開かれているからであろう。1996年にインドを訪問したとき、インドは既に改革開放路線を進めていたのだが、成長率は6%くらいで、中国の急成長と比べてかなり低速であった。この違いはインドが民主主義のコストを支払わなければならないからだと私は感じた。開発独裁と違って何を決めるにも手間暇かかるし、インフラに集中投資できないからである。昨年のインドの経済成長は8%で中国に比肩しうるものであったが、いま再び民主主義のコストを払うことになる。新政府は労働者、農民に手厚い政治をすると言っている。インドは共産主義のケララ州を含め、民主主義制度が機能していることを示した。それが政治的安定の基礎となる。また、当時大蔵大臣として改革開放をリードしたマンモハン・ シン氏が首相になったのだから彼なりの改革路線を進めるであろう。

中国は大躍進、文化大革命、天安門事件で大きな政治的コストを払った経験がある。その後、経済面の改革開放を大胆に進めてきたのに比べて政治の民主的改革は慎重に行ってきた。安定第一の政策が高度経済成長を可能にしたといえるが、将来もこれでうまく行くのか、大きな関心事である。中国共産党に取って代わりうる政治勢力は存在しないし、近い将来インドのような普通選挙はないだろう。勿論インドと同じような選挙をする必要もないだろうが、農民、大衆の不満を吸収する政治改革を進めなければ、また大きな政治的コストを払うことになるのではあるまいか。

実現性のありそうな改革はすでに村民委員会レベルで行われている直接選挙を郷・鎮・県各レベルに拡大することである。一部では非公式に試行が行われていると聞く。将来的には省レベルでも行う構想を描けないだろうか。

政治の安定に不可欠な当面の課題が二つあると思う。第一はマクロ経済運営がうまくいくかである。不良債権、年金、失業保険、医療負担などによる重い財政負担に耐えながら、赤字財政と社会固定資本投資の急増に依存している経済発展から国内消費を基礎とする自立的経済発展にうまく転換できるかである。下手をするとインフレが昂じて社会不安を引き起こす。他方、引き締めすぎて成長が急に落ちると失業問題が社会不安を募らせる。

第二は腐敗、汚職を一定レベルに抑制しうるかである。1995年の「厳打」(刑事犯罪取締キャンペーン)以来10年になるが、腐敗・汚職はむしろ悪化している。インドではNGOが全国に数多く輩出して今回の選挙でも大きな影響力を発揮したそうであるが、中国ではそのようなNGOは見当たらない。マス・メディア、インターネットを通じて、以前よりも大衆の不満が表明されやすくなっているが、不満が思わぬ方向へ爆発することを防止するためには何よりも汚職・腐敗取締の実を上げることが必要であろう。

2004年6月7
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