サッカー・アジア杯の「反日噴出」から日が浅い8月20日から4日間、西安外国語大学で開かれた中国第9回日本文学研究大会(中国社会科学院外国文学研究所など主催)に参加した。2年置きに開催されているが、リアルタイムで日本の最新文学作品を研究する段階に成長したという印象だった。
現代中国の本格的な日本研究は建国から15年後の64年に、北京、上海、天津、東北地域に日本研究機関が置かれたときに始まるとされている。文化大革命の10余年の停滞期が明け、日中国交正常化(72年)を受け、改革開放に移ると急速に発展してきた。
研究大会には中国各地の大学や研究機関から日本文学研究の代表者約80人が集まった。日本留学を経験した30、40代の中堅研究者が主役になり、49本の研究を発表した。古典では『源氏物語』など、近代文学では夏目漱石など、現代文学では村上春樹が4本、大江健三郎が3本、渡辺淳一が2本、三浦哲郎、吉川英治、安部公房が各1本だった。
―春樹中心に位置づけ―
日本とほとんど時間差のない現代文学研究発表は注目に値しよう。深y{大学の郭来順氏による分類は日本の現代文学に対する注目度を示している。日本社会の変化を背景に、石原慎太郎の『太陽の季節』(55年)を前現代前衛青年生態小説、村上龍の『限りなく透明に近いブルー』(76年)を現代前衛青年生態小説、03年下半期芥川賞の綿矢りさの『蹴(け)りたい背中』と金原ひとみの『蛇にピアス』を前衛青年生態小説とした。青年の時代精神を探りながら作品を追う斬新な研究法に注目が集まった。
郭氏はまた、19歳の最年少芥川賞の綿矢りさを生み出した日本社会に似た状況に中国社会があることも指摘した。そのうえで、若者たちが情報化社会で既成秩序と二重、三重に葛藤(かっとう)・苦悩するテーマが、綿矢の作品にも、中国で今話題の少女作家・韓寒の長編小説『三重門』にも、共通していると分析した。
89年の『ノルウェイの森』の翻訳出版以来、村上春樹が中国でブームを続けていることはよく知られるところだ。現代文学の発表のなかでも4本と、もっとも多かったのは当然として、世界における日本現代文学の位置づけも春樹作品を中心に試みられた。春樹全集の翻訳者として著名な中国海洋大学・林少華教授がハーバード大学における春樹研究を取り上げたのに続いて、浙江大学教員・謝志宇氏がオランダ学者による安部公房研究などを踏まえ、春樹や島田雅彦ら若手の作家群に焦点を当てた。それまでの安部、大江の世代の作家群にはない、無軌道な若者の世界に迫る問題意識が見られるとした。そして、春樹らのポスト現代主義文学が世界各国で注目されているのは、すでに世界のポスト現代主義文学においても重要な位置を占めるからだと評価した。日本現代文学の高い評価は研究者に共通する。
―「孤独の中の自由」を学ぶ―
柔軟かつ自由な視点から日本文学にアプローチした発表の競演だった。研究発表に立った全員が日本で批判の出ている「反日教育」の環境の中で日本文学への興味を深めた人たちだ。それでいて彼らは「反日・嫌日」意識を乗り越えるぐらい、「日本文学はおもしろい」と歯切れよい。
背景には、改革開放が90年代に弾みがついて以来、中国で日本の「もの」が日常生活に普及し、それに伴う経済文化と商品文化が人々の心の深層にまで浸透している実情がある。これを抵抗なく受け入れてきたのが80年代以後生まれの若い世代だ。中流意識の拡大でより高度の精神文明を渇望するようになったとき、子どものころから染み込んだ日本の映像、読み物の影響は大きい。自然と、日本の現代文学に出合う。洗練された都市生活の様式を知り、孤独の中で自由を楽しむ在り方を学ぶ。中国伝統の価値観と異なる感性重視の生き方の模索が始まり、日本ひいては世界への関心が広がる。混成文化の共生を考え始める。このような「ボーダーレス族」を、日本の現代文学が連鎖的に増大させたのが中国社会の実情のように思われる。
中国の若い世代の志向は、若手の日本研究者にも共通する。若者の新思考と日本の現代文学の影響とは相乗作用にある。この若いパワーが客観的な日本認識を支え、日本文学、文化研究の隆盛を促していくと信じる。中国がヒューマニズムに立った世界と共存できる研究成果の生産を願い、私は「中国における日本研究の変容」と「中国への日本発信としての宮沢賢治」の二つを発表した。メッセージが母国に伝わったと思いたい。