 |
| ワン・ミン、54年、中国河北省生まれ。法政大学国際日本学研究センター教授。「ほんとうは日本に憧れる中国人」など。 |
「中国人は本当は日本が好き、と先生は言うのに、なぜ反日デモがあんなに広がったんですか」。戦後60年。日中関係が深まっている中で起きた「反日」の動きに、私は、こんな質問を何度も受ける。
日本へのあこがれと日本嫌いを併せ持つのが中国の若い世代である。日本に関心が強いため日本の動きに敏感に反応する。これを「愛憎二重性の日本観」と、私は表現している。今回の事態は教科書問題や国連安保理常任理事国入り問題など、憎悪の要素が重なって激しい反応を起こした。暴力は許されないが、憎悪を膨らます元として、あえて中国人の「愛国主義」について触れないわけにはいかない。それは儒教によって裏付けられ、歴史的に肉付けされ、民族的に鼓舞され続けてきた。
中国の教育現場では、近現代史が重点的に教えられる。その中で、最初の「反日」として、日清戦争(中国では「甲午戦争」)の終戦を取り決めた1895年の下関条約に反対した康有為らの行動を習う。康有為は、膨大な賠償金と台湾割譲を約束する屈辱的な条約と知って「遷都抗戦」を呼びかけ、エリート受験生1300人を集めて清朝政府に政治改革を訴え出た。いわゆる「公車上書」である。彼の行動は義挙に等しい扱いで学び伝えられる。それに引きかえ、下関条約に署名した李鴻章全権大使は「対日柔軟政策の主導者」として国民の信頼を失い、まもなく解任され、「売国奴」と呼ばれた。
中国近代史の扉を開いたアヘン戦争(1840〜42)を指揮した林則徐は、戦争に敗れても英雄である。戦争の原因となったアヘンを、あの大英帝国におじけず、2万箱を投棄した、その勇気に感心するからだ。
歴史をさかのぼれば、12世紀の南宋初期、北方の遊牧民族王朝・金の侵攻に義勇軍を組織して戦った岳飛ほど英雄視される人物はいない。金との融和策をすすめた宰相秦檜に「邪魔者」と獄死させられたが、杭州の岳飛廟(びょう)には、900年たった今も参拝が絶えない。廟内には中腰で後ろ手に縛られた秦檜夫妻像があり、岳飛を慕う中国人は、つばを吐き掛け棒でたたいてこらしめる。
◇
こうした行動の根底には儒教思想が流れている。今の中国は体制的には社会主義を建前にしているが、儒教の教えは生活の隅々まで支配しているのだ。己を鍛え、家族をまとめ、国家を治めるという「修身斉家治国平天下」の理想は今も生き、中国文明の破壊行為に対しては必死に戦うことが唯一の正論とされる。しかも知識人ほど愛国に使命感をもって立つ。ときには、及び腰の「お上」に対してもいさめる勇気が愛国と信じる。学生運動のさきがけになった1919年の「五四運動」は反日と政府批判がないまぜになっていたが、どちらも愛国的な行動である。和辻哲郎は、「抵抗」が中国人の国民性と指摘しているが、それは「愛国無罪」という言い方にも表れている。
中国人にとって、愛国主義は民族をまとめる求心力とも考えられる。広大な国土と13億の人びとを一つにするために、中国政府も愛国主義を活用する。
日中が国交正常化したのは72年だった。高度成長期の日本から映画、書籍、商品がどんどん中国に入ってきた。抗日戦争は「一部の日本の軍国主義者が起こしたもの」という政府の説得に多くの中国人は従い、先進日本に学ぼうと純粋に盛り上がった。そして、78年から中国政府は市場経済に走り出す。一方で、改革開放で民衆が過度の自由に染まるのを警戒する政府は愛国主義を推進した。日本政府首脳の靖国神社参拝、教科書事件、閣僚の失言などが相次いだのはそうしたさなかであった。
91年のソ連邦解体で、中国政府はさらに危機感を強めた。翌92年の中国共産党14回党代表大会で「愛国主義、集団主義、社会主義の思想」と儒教にもある「民族の自尊、自信、自強」を提唱した。
戦争から多くの歳月が過ぎたとはいえ、侵略された側の記憶ははっきりと刻まれている。最近の日本の動きに、愛国主義に忠実な中国人は、政府の対日柔軟政策に納得できず、不満のはけ口もないまま「日本不信」に傾斜したのであろう。「愛憎二重性」という日本観は再生産され、問題が繰り返されるたびに増幅した。
◇
中国は01年に世界貿易機関(WTO)に加盟、国内総生産(GDP)は世界7位に上がった。大学進学率は03年の6%からわずか1年後に19%に急上昇するという劇的な飛躍の中で、08年北京五輪、10年の上海万博誘致と、グローバル化の道を邁進(まいしん)している。その道程でいや応なしに価値観が多元化していく。愛国心一辺倒で国際社会に通用するわけがない。
日本人は人を思いやり、人に気遣う。この日本の美徳を隣国の文化との間にも広げていただきたい。侵略にさらされたアジアの民衆の視点で配慮してあげれば、中国人の日本観は必ずや変わるはずである。不信、不満は薄まり、日本へのあこがれが強まるだろう。その逆は、偏った愛国心を膨らませて憎悪を募らせるであろう。
民族の憎しみ合いは絶対避けねばならない。「和して同ぜず」、共生の道を模索しよう。