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劉傑 |
この一年間、日中関係の最大の話題は中国のジャーナリストや学者によって提起された「対日新思考」であろう。発端は人民日報評論員だった馬立誠氏が、政策論議で知られる「戦略と管理」誌に掲載した論文「対日関係新思維−中日民間の憂い」(2002年第6号)であった。その論点を要約すると次のようなことになろう。
戦後日本が経済成長によって確立した経済大国の地位はアジアの誇りであり、民主と法治が定着している日本には、「軍部」が独走する環境がない。中国への侵略戦争について、小泉首相は盧溝橋を訪れ、犠牲者に対する哀悼の意を表明してきた。日本の謝罪問題はすでに解決しており、形式にこだわる必要はない。日本は低金利の円借款で誠意を表明してきたので、これを正確に評価すべきである。政治、軍事大国を目指す日本について騒ぎ立てる必要はない。新たな競合の場は経済と市場であり、両国民は狭い観念を克服して、一体化に向けて進むべきである。
馬論文は胡綿濤主席をトップとする中国の新指導体制の発足に合わせるように公表されたこともあり、歴史認識を対日政策「政治的基礎」と位置づけてきた中国の対日政策の転換を暗示しているのではないかと注目を集めた。
これに続いて、中国人民大学アメリカ研究センター主任の時殷弘教授も論文を発表し、日中関係について5項目の提案を行った。1.歴史問題を両国の関係改善の障害としないこと。2.日本の対中国投資を拡大させること。3.日本が軍事大国になることを恐れぬこと。4.東アジアの政治経済における日中間の協力関係を強化すること。5.日本が国連の常任理事国になることを支持すること。アメリカ研究で斬新な視点を提示し続けてきた時氏は、米中関係が協力と対立のサイクルを繰り返し、台湾問題がますます不透明になってきた極めて不安定な状況の中で、日本への接近は中国の国益に適うものであると主張し、中国が対日関係のなかで外交革命を起こすよう呼びかけた。
これら知識人の主張が中国政府の対日政策の転換をもたらす結果になるのだろうか。外交政策調整を進めている新指導部は慎重に状況を見極めているように思われるが、政府の方針を左右しているものは国内世論の動向である。中国では、指導部だけの意思で方針が決まる時代はもはや過去の歴史になりつつある。
数年前までに考えられなかった「新思考」の台頭は中国の「言論の自由」の進歩を意味するものである。しかし、この新しい対日認識に戸惑う中国人は少なくない。インターネットの普及で主張を自由に表明できるようになった「網民」(ネット利用者)は、「新思考」の主張者に猛攻撃を浴びせた。書き込みのほとんどは日本政府の歴史認識への不満であった。西安の大学で日本人留学生が演じた寸劇が大規模な抗日デモにまで発展した事実は、「対日新思考」を支える基礎が中国に形成されていないことを意味するものであった。否、「新思考」への反発が反日の学生デモに発展したという解釈も成り立つかもしれない。
やや気になることは、中国の「新思考」に対して日本外交の担当者からは何等メッセージも発せられていない点である。
(『新国策』「時潮」2003年12月15日号より転載)
著作:『漢奸裁判』(中公新書)
『中国人の歴史観』(文春新書)