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園田茂人 |
1 はじめに
園田ゼミでは、毎年、ゼミの中で有志を募り、「海外ゼミ」と呼ばれるプロジェクトチームを作っている。海外の大学でプレゼンテーションをし、現地の学生とディスカッションをすることを目的としている海外ゼミは、これまで香港の中文大学と韓国の延世大学で研究発表をしており、その成果の一部を本誌にも寄稿させていただいている(「『日韓共催』の祭りのあとで」『中央評論』第243号、2003年)。
今年も総勢18名が「海外ゼミ」に結集。訪問先は各自が希望を出し合い、討論した結果、中国・上海になった。
今回の研究テーマは、日本と中国の若者における将来観を比較することによって、両国の学生がもつ共通点と相違点をみていくというもの。切り口としては、人生の選択として重要であり、互いにとって興味・関心の高い「結婚」と「仕事」を選び、メンバーを「結婚班」と「仕事班」に分けて研究を進めていった。
なぜ、中国なのか。
メンバーの中に中国旅行をしたものがあり、中国がもつ熱気を感じてみたいという声があった。昨年の延世大学での研究発表の後、一部の学生から「来年は、上海で」という声もあった。
ただ、直接的には、大学の授業での経験によるところが大きい。中国語の授業をしているとき、担当の中国人教員から「中国人から見ると日本の学生はとても静か」で「あまり自己主張をしない」と言われたことがある。もしそうなら、「日本人は自己主張を尊重するより周囲との協調を尊重し、上海の人は周囲との協調よりも自己主張を尊重する」はずだ―こうした経緯から「上海ゼミプロジェクト」が始まることになった。
本稿は、2003三年12月に上海大学で発表した英語による成果を、本誌用に大幅にリライトしたものである。
2 研究方法
上海ゼミプロジェクトが始まってからというもの、約半年の月日をかけて、質問票を練り上げた。事前にプリテストを行い、質問文の妥当性についてもチェックをかけた。
日中で調査を行うにあたって、日本語で作り上げた質問票の翻訳を、上海ゼミプロジェクトを共同で行った神田外語大学中国語学科のメンバーに委託。これを上海大学へ郵送して、返送してもらった質問票をデータとして利用した。
調査対象は、日本では中央大学と神田外語大学、中国では上海大学。上海大学を調査対象としたのは、園田が「つて」を持っていたからであり、学生規模や大学の特徴が、中央大学と似ていたからである。
有効サンプル数は、日本実施分が418(うち男性221、女性197)で、上海実施分が398(うち男性197、女性201)。サンプリングは割当法を用い、性別、学年、文系―理系が均等になるよう留意した。これらの質問票の結果は、統計ソフトSPSSに入力し、データの処理と分析には、これを用いた。また中央大学に通う中国人留学生にインタビューを行い、その結果を利用することで、データ分析をより深みのあるものにした。
今回の質問票を作成する際に、主に5つの項目を設定した。
1. 回答者の属性についての質問。性別、年齢、学年などがこれに該当する。
2. 将来の結婚生活に関する質問。具体的には結婚したいか、子供が欲しいか、結婚の相手や子供に何を求めるか、などを聞いている。
3. 家事と育児に関する質問。結婚したら夫と妻のどちらが家事や育児をするか、などを聞いている。
4. 将来の就職や仕事への意識に関する質問。どんな仕事したいか、仕事を選ぶ際に何を重視するか、仕事に必要な要素は何か、などを聞いている。
5. 生活・給与・出世に関する質問。仕事と私生活、人間関係と仕事のどちらを重視するか、同僚の出世をどう思うか、などを聞いている。
3 「結婚」をめぐる意識の違い
子供を持つことに積極的な日本、やや消極的な上海
まず、日本と上海の学生が、どの程度結婚願望や出産願望を持っているのかについて見てゆきたい。
はじめに、「将来結婚したいか」という質問についてだが、日本の方が若干多いものの、両国とも9割近くの人が「どちらかといえば」を含めて、「結婚したい」と答えている。次に、「将来子供はほしいか」という質問について。「子供はほしい」と答えた人は、日本で68%、上海で51%と日本が上回った。逆に、「子供はほしくない」と答えた人は、日本で4%、上海で14%と上海が上回った。特に上海の女性は3割が「子供はほしくない」と答えている。結婚には両国ともほぼ変わらずに積極的なイメージを持っているのに対し、出産には上海の学生がやや消極的なイメージを持っているようだ。
それでは、なぜこのような違いが生じるのだろうか。
第1に、日本と上海では、結婚に求めるものが異なっているから。「なぜ結婚したいのか」という質問を行ってみたところ、「子供や家庭を持てる」が、日本では2番目に高く27%であったのに対し、上海では10%と低かった。上海で最も多く、結婚したい理由にあげられたのは「愛情を感じている人と暮らせる」で33%。日本の25%を上回った。
日本では、家庭を持てることに結婚する魅力を大きく感じているが、上海ではその意識が低い。上海では、家庭や子供をもつというよりも、自分の愛する人と一緒にいることを求めて結婚するようだ。
また「結婚する際にどれが障害になるか」という質問について、最も障害になると思うものを選んでもらったところ、日本で42%、上海では45%が「男性の収入が少ない」を選んだ。興味深いのが、「仕事が忙しい」を選んだ両国の割合である。「男性の仕事が忙しい」をあげたのは、日本で12%、上海は4%にとどまった。
日本では、男性が仕事に追われて妻や子供と一緒にいる機会が少なくなること、家庭に時間が割けないことを問題視しているのに対して、上海ではその意識が低い。日本では、仕事と家庭を結びつけて考えているのに対して、上海ではこれらを別々のものとみなしているようだ。
家庭と仕事、どちらを選ぶ?
第2に、日本と上海では、女性の家庭と仕事の選び方に違いが見られるから。女性自身が「結婚・出産後も続けたい」と答えたのは、日本が57%、上海が79%と、上海が20ポイント以上高かった。また、「子供ができたらやめる」と答えたのは、日本で31%、上海ではわずか3%だった。
男性に関しても同様の傾向が見られた。「結婚・出産後も(配偶者に)仕事を続けて欲しい」と答えたのは、日本で15%だったのに対して、上海は36%。また「子供ができたらやめて欲しい」と回答した割合も、日本で19%、上海では7%と、やはり、日本よりも上海の方が仕事を続けたい、続けて欲しいという意識が大幅に高かった。
日本では家庭を優先させたいという女性が多く、また男性もそれを期待している。これに対して、上海では家庭に縛られたくないという意識が強く、これらの違いが出産をめぐる意識の違いを生み出しているようだ。
もちろん、中国では日本より育児休暇が取りやすいうえに、保育所などの施設も充実しており、子供がいても仕事を続けやすいといった社会的背景もあるだろう。日本では、育児休暇がもらえたとしても、現場に復帰するのは難しいのが現状だ。
このように、日本の学生は、結婚する際に「子供や家庭を持てること」を求め、「仕事が忙しく家庭に時間を割けないこと」を結婚の障害としてあげている。また女性は、結婚、特に出産したら家庭を優先したいと考え、男性もそれを期待している。
これに対して上海の学生は、結婚する際に「愛する人と暮らせること」を望み、仕事が忙しく家庭に時間が割けなくても、特段、問題視していない。また女性は、「結婚・出産後も仕事を続けたい」と考え、男性もそれを期待している。
2002年に、上海市婦女連合会が行った調査によれば、上海では子供を生まない夫婦が増加し、共働きの夫婦の13%が一人も子供を生んでいないという。この調査はサンプルを幅広い年齢層から集めたため、若い世代の夫婦に限定するともっと高くなるはずだ。しかも、今回私たちの調査のサンプルとなったのは、エリートとされる上海大学の学生。経済発展の進んだ都市の、学歴が高い若年層ほど出産願望が薄れると言われているが、上海市では女性の出産率が18%と、中国の中でも最低レベルにある。今回の調査も、こうした傾向の一端を示すものといえる。
周りに気を使える子に育てたい日本、自分を高めようとする子に育てたい上海
ところで、質問票の分析をしていく中で興味深いデータが出てきたので、紹介しておきたい。将来子供ができたとき、「自分の子供をどのような子に育てたいですか」という質問についてである(図1参照)。
この質問では、自分の子供をどのような子に育てたいか、その項目を上位3つまで選んで回答してもらい、その結果を統計的に処理して各項目にスコアをつけた。
日本が「思いやりのある子」や「素直な子」に育てたいという人が飛びぬけて多いのに対し、上海では「向上心のある子」や「責任感のある子」が圧倒的に高いポイントを示した。特に、日本では200近くもの度数でトップにある「思いやりのある子」は、上海では6位にすぎない。日本では「周りに気を使えるやさしい子」に、上海では「自分を高めようとするしっかりした子」に育ってほしいという意識が表れているようだ。
4 「仕事」をめぐる意識の違い
集団主義の日本人と個人主義の上海人
次に、仕事に関する両国の学生の意識を見ていきたい。まず、「仕事をする上で重要だと考える要素は何ですか」という質問に対して、「周囲の人に配慮できること」という選択肢がどれだけのポイントを得たのかを見てみる。その結果は日本が65.1ポイント、上海が20.2ポイントであった。上海の学生に比べ、日本の学生の方が、周囲に配慮できることが仕事をする上で重要だと考えている。
さらに、「仕事を選ぶ時に重視するものは何ですか」という質問に対して、「社会貢献度が大きい」という選択肢がどれだけのポイントを得たのかを見てみると、日本で23.6ポイント、上海が9ポイントであった。上海の学生に比べ、日本の学生は職業選択の際に、その仕事の社会的な貢献度をある程度意識しているようだ。
また、「仕事を選ぶ際に人間関係と給料のどちらを重視しますか」という質問に対して、「人間関係を重視する」と回答した人の割合を見てみると、日本が約84%、上海が約62%という結果になった。
この3つの質問の結果を整理してみたい(図2参照)。
日本の学生は仕事を選ぶ際に、その仕事の社会への貢献度と職場の人間関係を重視し、仕事をする際にも周囲への配慮が大切であると考えている。このことから、日本の学生は、自分をとりまく集団との関係を強く意識しながら、働くことを考えているように思える。この調査結果から、私たちは日本人が「集団主義的」であると結論づけた。
次に、上海人の気質を特徴的に表す質問項目について見てみたい。
「同僚があなたよりも先に出世した場合、あなたはそれを気にしますか」という質問に対して、「気にしない」と回答した学生の割合は、日本が約27%であるのに対して、上海が約48%。上海人の方が、職場の同僚をあまり意識せず、自分というものにしっかりとした力点を置いていることを表していると解釈できる。
また、「自分の意見をしっかり主張する人と一緒に働きたい」という質問に対して、「そう思わない」と回答した学生の割合は、日本が約12%、上海が約17%。「意見を主張する人と働きたくない」と回答した人の中で、「仕事で仲間と意見が対立した場合、自分の意見を主張する」と回答した人の割合を見てみると、日本で約47%、上海で約62%となった。この結果は、自分の意見は主張したいのだが、周りには意見を主張しないで欲しいという上海人の心理構造を表している。
これらの、同僚の出世を気にせず、自分の意見の尊重を求めるという結果から、上海人は「個人主義的」であると結論づけた。
会社への帰属意識をめぐる違い
この集団主義と個人主義という対比は、他の質問項目への回答からも見て取ることができる。
たとえば、転職・独立に対する意識を見てみると、「最初に就職した会社でずっと働きたい」という質問に対して「そう思う」と回答した学生の割合は、日本が約57%、上海が約39%であった。
日本において、終身雇用の崩壊が盛んに謳われるが、それでも日本の学生は自分が就職する会社への帰属意識を持とうと考えていることがわかる。この結果は日本の学生が働く際に所属する集団との繋がりを上海に比べると大切に考えていることを表しており、集団主義的であるとの結論を補強している。
これに対して、上海では、会社への帰属意識が希薄であるようだが、同様の結果を中国人へ行ったインタビュー調査からも得ることができた。彼らは、「中国人には、日本人のように会社のためという意識はなく、基本的に会社を信用していない」と述べた。また、「日本人のアイデンティティが会社にあるのと対照的に、中国人の中には国のために働くという考えが強くあった。だがそれも過去の話で、優先順位として自分の存在が先である」との発言もあった。
JETRO(日本貿易振興機構)発行の香港・経済レポート(2000年)によると、中国人の外資系企業への転職希望者の平均勤続年数は3.2年であるという。また、2002年7月23日付「人民網日本語版」によると、「調査で、上海のOLのうち、転職経験が2回ある女性が回答者全体の45%を占めた」という。これからも、中国人が職場を頻繁に変えており、集団主義的な意識ではなく個人主義的な意識を持って仕事に臨んでいるということがわかる。
どんな職業に就きたいか
また、「将来就きたい仕事をしている自信がありますか」という質問と「現在、その仕事のための準備をしていますか」という質問の結果をクロス分析してみると、「準備をしていない」と回答した学生の中で、「希望の仕事に就く自信がある」と回答した学生は、日本が約47%、上海が約73%。上海人の方が仕事をすることに対し、準備をしていなくとも自信をもっていることを示している。
さらに、「現在、その仕事のための準備をしていますか」という質問に対し、日本の約69%、上海の約85%が「準備をしている」と回答した。「仕事の能力向上のためにはプライベートな時間を使ってでも勉強したい」という質問に対しては、「そう思う」と答えた学生の割合は、日本で約54%、上海で約89%。これらの結果から、上海の学生は、仕事をする自信があって、現在努力をしており、将来も努力すると考えていることがわかる(図3参照)。
このような意識を持っている上海の学生は職場に何を望んでいるのだろうか。そのヒントとなるのが、以下の質問である。
すなわち、「結果のみで評価される会社で働きたい」という質問に対し、「そう思う」と回答した学生の割合は、日本が約18%、上海が約93%。上海の学生は、結果のみで評価されることを望んでいるという意識を表している。
これは、上述のように、彼らの自信と努力によるものであろう。そして、彼らの望む結果主義は、組織内における序列が優先される集団主義的な日本の人事慣行の対極をなしている。
5 おわりに
ここまで出てきた二つの結論から、私たちが研究開始時に作った「日本人は自己主張を尊重するより周囲との協調を尊重し、上海の人は周囲との協調よりも自己主張を尊重する」とする仮説は、実証されたように思える。
ところが、分析結果を上海大学で発表したところ、「上海人は個人主義的だと」する部分に対しては多くの疑義が出された。仕事に関する分析の中で、日本の学生が「周囲に気を使い」、「給料よりも人間関係を重視する」という回答に対して、上海の学生は「自分の意見が尊重される職場を好み」、「同僚の出世はあまり気にしない」と回答していたのを、私たちは「集団主義の日本人と個人主義の上海人」として説明したのだが、上海大学の学生は「自分たちは決して個人主義者ではない」と主張していたのである。
また発表の際には、質問票の作り方、サンプルの代表性、言語の問題などについての指摘もなされた。私たちも説明したとはいえ、時間の関係もあり、結論がでないままディスカッションは終了した。
ディスカッションは物別れに終わったが、プロジェクト発足当時に掲げた「現地の学生とディスカッションし交流する」という目標は十分に達成された。調査の結果得られた結論も、十分に意味あるものであった。
今後も、こうしたプロジェクトを続けてゆきたい―これが、長く続いたプロジェクトを終えるにあたっての率直な感想である。
追記 上海ゼミの活動については、朝日新聞アジアネットワークの「ネットコラム:一線から」(http://www.asahi.com/international/aan/issen/issen54.html)で紹介されている。また、調査内容の一部は、園田茂人「日本の若者よ、中国人からハングリー精神を学べ」(『中央公論』4月号、2004年)にも利用されている。あわせて参照されたい。
執筆参加者
園田 茂人 (そのだ・しげと=文学部教授 比較社会学)
山田有之介 (やまだ・ゆうのすけ=文学部社会学科社会学コース四年)
東 優希 (あずま・ゆうき=文学部社会学科社会学コース四年)
溝口 拓 (みぞぐち・たく=文学部社会学科社会学コース三年)
佐藤 丈二 (さとう・じょうじ=文学部社会学科社会情報学コース四年)
(『中央評論』第247号、2004年4月30日発刊より転載)