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朝日新聞アジアネットワーク
研究拝見

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中国での叢書『日本学術文庫』(中国語版)発行によせて

劉 迪(リュウ・テキ)/杏林大学助教授、『日本学術文庫』編集委員会代表

2006年12月21日

写真:劉迪(リュウ・テキ)さん

 このたび、『風土』(和辻哲郎)と『甘えの構造』(土居健郎)の中国語訳が学術書出版社の名門である商務印書館(中国・北京)より出版された。これにより全150巻の叢書『日本学術文庫』翻訳プロジェクトはついに第一歩を踏み出した。出版社からの連絡によれば、初版はそれぞれ5000冊で売れ行きは上々とのことである。

 ここ数年、日中関係は不順な一時を経たが、中国人の日本文化、日本人に対する知的興味はかえって増大したといえる。しかし残念ながら中国では日本理解に供する原典及び研究書がまだ少ない。幸い、この叢書の発行は現在高まりをみせている中国読者の探究心に応えるような形で始動した。第1集は和辻哲郎、土居健郎のほか、本居宣長、岡倉天心、内藤湖南、穂積陳重、芳賀矢一、津田左右吉、丸山真男、辻清明、京極純一、加藤周一などの代表著が収録される。日本文化の原典及び日本人学者による日本文化の解説を直接中国の読者に届けることは意義が大きい。読者より寄せられたメッセージからも訳書の内容に対する理解の深さがうかがわれ、我々にとって何よりもの励みとなっている。

 4年前、日中の知的交流の現状を憂慮する在日中国人の学者が10年間の時間をかけて日本の学術書150巻を中国語に訳して中国で出版するという『日本学術文庫』プロジェクトを提起し、商務印書館の賛同を受け、実現するはこびとなった。

 中国において特定の国の学術書を150巻計画的に出版することは今日までなかったことだと思う。企画の厖大さを無謀だとする声がないことはない。確かに改革開放後の26年間、中国においては確かに数多くの日本書籍が中国語に訳されてきた。しかし日本学術史上重要な書籍が訳されていないばかりでなく系統性も欠けているのが実情である。日中両国が経済面において飛躍的発展を遂げた昨今、文化領域の交流の不足という問題が浮き彫りになってきた。大規模な経済交流を行う隣国同士の、互いの精神構造に対する理解の欠如が懸念すべき問題となっている。二国間関係の重要さからみて、150巻という数は決して大きなものではない。

 日中両国の知識人の間では古来より密度の高い交流が行われたが、近代に入った後もその交流は途絶えていない。近代以降、日中両国とも西洋の衝撃に対処するためさまざまな文化面での適応を迫られたが、中国は受容した西洋の知識はその多くが日本を経由して伝えられたものである。ただし現在、中国人の日本学術書に求める内容は変わった。知りたいのは日本人学者の日本研究である。また、それだけでなく、その背後の方法論にも高い関心をもっている。日本人が如何に西洋の学術規範をもって日本文化の分析を行っているのか、如何に西洋文明を受容しているのかに対して関心を持っている。冒頭に挙げた両書はいずれもこの種の探求の試みがみられる。

 この企画は数多くの中国人研究者の協力を得た。翻訳者は、40代を中心とする研究者が多い。彼らは文革後大学に入り、日本での留学経験を有し、日中の教育・研究の現場で活躍している中堅学者である。彼らは今後の中国における日本像形成に重要な役割を果たしていくといえるだろう。

 漢字を共有する国同士であるが、両国の言語の翻訳は想像以上に難しい。学術書の翻訳はさらに困難な作業である。しかしこのたび発行された『風土』と『甘えの構造』の中国語訳は実に見事である。訳者は原著者の注以外にも、訳注を多く加え、入念に解説を書いている。高い日本語能力を有している中国人からも両書のこの中国語訳により原著の理解が大変深まったとの評価を受けた。

 叢書はその分野を専門とする学者の翻訳という方針を貫こうとしているが、翻訳者の確保が難しいのが現実である。教育や研究の現場で活躍している若手研究者にとって、翻訳は業績に認められないので、翻訳作業に集中することは難しい。彼らが安心して作業に打ち込めるような環境の整備が、我々の課題である。

 商務印書館は百年以上の伝統を有し、これまでに3万点以上の書籍を世に送り出した。歴史上、日本から戻ってきた中国人留学生の著書及び翻訳を数多く出版しており、日本語の著書の翻訳には大いに積極的である。担当編集者からは、200巻でも300巻でも原稿も引き受けるとの言葉をもらっており、筆者は大変心強く思っている。

 今までにも、この企画に関して日本の有識者の方々からさまざまな貴重な助言を戴いた。今後日本各界より広範な助言を戴いて、東アジア「共同知」構築のための共同作業の一環としてこのプロジェクトを位置づけていきたい。

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