深刻なエネルギー、食糧不足に苦しむ朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に太陽光発電を贈る日本のNGO(非政府組織)に同行して、7月19日から26日まで平壌とその郊外の沢岩(テガン)協同農場、黄海北道の水力発電施設などを見た。当局が「苦難の行軍」と呼んだ最悪の時期は脱しつつあり、復興の道を歩く人々を見ることが出来た。(文と写真・川崎 剛)
雨降るが被害甚大 / 水力などに活路
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| 丘から沢岩協同農場を望む。中央の託児所の屋根に上ってソーラーパネルをとりつけている |
今年3月〜6月の干ばつは「1千年に一度の干ばつ」といわれてきた。だが、私が訪れる直前から雨が多く、平壌や農場は緑に覆われていた。街では柳の並木が涼やかで水田では日本より密に植えられたイネが青々しい。畑にはトウモロコシ、少しでもあいた土地にはジャガイモがびっしり植えられていた。
「田植えの時期に水がなく、25ヘクタールでじかまきしました」。見た目では分からないが、被害は深刻だそうだ。協同農場の管理委員鄭元吉さん(40)は秋の収穫は平年より20%以上少なくなると予測した。日照りでやられたトウモロコシを3度植え替えた場所もある。
水が引けなかった水田の一部が畑として小豆、ゴマ、ナスが交互に植えられていた。
4千人が住む農場は、水田300ヘクタール、畑が200ヘクタール。イネ、ジャガイモ、トウモロコシと野菜や果実を栽培している。農場では牛、ヤギなどを、家庭では鶏、豚、犬などを飼っている。
食糧不足を和らげるため98年9月に平壌に2万平方メートルのダチョウ牧場がつくられた。全国各地にヒナを送り食用として力を入れようとしている。
農場管理委員長の車斗嚇さん(60)は「苦しい時には、1日1食の日もあった。農場はまだいい。都会の方が苦しかったと思う」と話した。
車さんによると、昨冬は石炭の配給が少なく寒さで老人や子どもを中心に病人も出た。95年から昨年までの一番厳しい時代は切り抜けたが、国家配給のディーゼルオイルやガソリンは不足し、停電もまだ多い。
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| 4月に完成した瑞興江第8水力発電所。発電機が壊れ電気はまだ=黄海北道の瑞興江で |
平壌から約100キロ南の黄海北道瑞興郡を流れる瑞興江。9カ所で、中小規模の水力発電が試みられている。道人民委員会中小発電所管理局の洪吉男さん(59)は、今年4月完成した第8号水力発電所の能力を誇らしげに説明してくれた。3台の発電機で225キロワットの電力を生み出し、ナマズやボラ、フナを飼う養魚場と120世帯の電力が完全にまかなえる。
とはいうものの、パネルの針はゼロを指していた。こうした小中規模水力発電所を全国で5千以上造ろうとしているため、発電機の生産が追いつかない。ここでは、モーターを改造した1台の発電機を使ってみたが、性能が悪く、壊れてしまったからだ。
平壌の地下鉄「復興駅」。冷房は利いていたが、通路の右側の電灯は消され、車内の灯は8灯のうち2つしか点灯していなかった。省エネ努力はあちこちで感じられた。
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| 日曜日、道ばたでおしゃべりする子どもたち=沢岩協同農場で |
私が同行を許されたのは、「KOREA子どもキャンペーン」に参加する大学教授藤澤房俊さん(58)のグループ。太陽光発電装置(総額約550万円)を贈り、農場員とともに3日がかりで24枚のパネルを託児所の屋根に設置、電気は無事生まれ、持ち込んだ扇風機がまわった。
託児所の金錦実院長(48)によると、この冬、零下26度まで下がった日もあり、生後5カ月から5歳まで約50人の子どもたちは、1室だけのオンドル部屋でふるえていた。
藤澤さんは、過去2回の訪朝で、車さんから「大人は我慢する。子どもに少しでも暖かい思いをさせたい」との訴えを聞き、太陽光発電を贈る計画を立てた。「長く続けていける運動を、と考えた。モノを贈り続けるだけでは発展がない」。太陽光発電は、「自然との共生と反核のメッセージでもある」と話している。
「KOREA子どもキャンペーン」は〒110・8605 東京都台東区東上野1の20の6丸幸ビルJVC気付(03・3834・9808)。