日本海をのぞむ富山市の海岸。昨年10月、同市立太田小学校の5、6年生の約60人が、波打ち際のゴミを拾って歩いた。ビンやプラスチック容器にまざって、中国語が書かれたライターやハングル文字がおどるポリ袋。日本海を挟んで、「日本はアジアとつながっている」。5年生の丸太千里さんは実感した。
富山県が日本海沿岸の自治体に声をかけ、96年から始めた漂着物調査の一こまだ。昨年は日本の16道府県、ロシアからサハリン州、ハバロフスク地方、沿海地方、韓国から江原道の計20自治体が参加した。同県が設立した「環日本海環境協力センター」が結果をまとめ、廃棄物対策などの基礎資料とする。
参加自治体はスタート時の2倍に増えた。今年は中国の自治体も研修にくる。共通するのは「日本海の環境を守りたい」という思いだ。
環境問題で、アジアと日本は運命共同体なのだという意識が定着してきたのは90年前後。地球温暖化や酸性雨など、国境をまたぐ問題が注目されるようになったことが背景にある。
熊本県水俣市。NGO「アジアと水俣を結ぶ会」事務局長、谷洋一さん(54)の一日は、アジア各国から届く電子メールを読むことから始まる。
インド、中国、ベトナム……。環境汚染の被害者やNGOからのメールだ。谷さんは40年を超える水俣の経験をもとに返答する。
「結ぶ会」を立ち上げたのは84年。アジアの各地で様々な公害が発生。汚染企業の多くが日本の企業や合併企業であることを知ったのがきっかけだ。アジアから1千人以上のNGOや被害者、役人らが「結ぶ会」の世話で水俣を訪れ、谷さんらも各国を訪ねている。
日本の環境NGOは80年代、公害体験を伝えるという形でアジアとかかわった。日本企業の「公害輸出」を告発する例も多かった。90年代、かかわり方は「ネットワークづくり」へと変化する。
大阪・西淀川の大気汚染の公害被害者を支援するため88年、大阪市にできた「地球環境と大気汚染を考える全国市民会議」(CASA)は90年以降、活動テーマを地球温暖化へ広げた。大気汚染への取り組みで培った知識が、温暖化にも役立つと考えたからだ。
95年、韓国のNGOから「いっしょにやりませんか」という話が来た。韓国、中国、香港、台湾、モンゴル、ロシア、日本の7カ国・地域の環境NGOが参加する「東アジア大気行動ネットワーク」(AANEA)を設立。大気汚染や酸性雨、温暖化について、情報を交換し、いずれ、各国語に翻訳した共通の環境教材も作りたいという。
「アジアに環境ネットワークはないのですか」
90年7月、環境研究者などの組織「日本環境会議」の寺西俊一・一橋大学教授らがベルギーに、欧州の環境NGOを訪ねたときのこと。NGOのメンバーに問われ、寺西教授は虚を突かれた。
帰国後、アジアの環境研究者を探した。日本を含め8カ国の研究者に呼びかけ、91年、第1回「アジア太平洋NGO環境会議」を開いた。この11月の台湾会議では、研究者・NGOのネットワークとして、組織作りを進める計画だ。
「経済成長や民主化の進展を背景に、アジア各国で、苗木が発芽するようにNGOがたくさん生まれたのがこの10年。それをどう大木に育て、自治体や研究者を巻き込んだ重層的な環境協力のネットワークに結ぶのか。それが次の10年の課題だ」と寺西教授は見る。