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聴衆に語りかけるシアゾン大使 |
【講演要旨】
最も古いパートナー
自由貿易圏(FTA)に向けたアジア太平洋の趨勢と、東アジアにおいて高まりつつある安全保障に対する考えの重要性という見地からお話ししたいと思います。
日本とASEANは、アジアにおける主要なアクターとして、長く、かつ有益なパートナーシップを維持してきました。事実、日本とASEANは、今年、1973年に始まった対話関係の30周年を祝います。両者の対話関係は、1977年に、年一回の日本・ASEANフォーラムへと制度化され、日本・ASEAN関係のための全体的な方向性を決め、貿易や産業発展、農業などの分野において協力を強化する対策や活動を推薦しています。日本は、ASEANのもっとも古い対話パートナーであり、両者のフォーラムは、最も多岐にわたる問題を取り扱います。
日本の福田総理大臣が、マニラでの有名な演説で、日本のASEANに対する初めての包括的外交政策のイニシアティヴを表明したのが、同じ1977年です。総理はこうおっしゃいました。
「第一に、日本は平和に徹し、軍事大国にならないとの決意のもと、東南アジアと世界の平和と繁栄に貢献する覚悟である。第二に、東南アジア諸国の真の友人として、日本は、政治、経済だけでなく、社会、文化まで広範にわたる分野で、これらの国々と『心と心の』理解に基づいた相互信頼関係を構築することに全力を尽くしていく。第三に、日本は、ASEANとその加盟国の対等なパートナーとなり、加盟国が連帯感と弾力性を強化する努力をしていく中で、積極的に協力していく。」
これは福田ドクトリンとして知られています。マニラで表明されて以来25年間を振り返りますと、日本はその原則に忠実に従ってきたと言えます。今日、日本とASEANの協力関係は、経済、政治の分野だけでなく、文化的な努力に至るまで、人類の生活における、ほぼ全ての側面に及びます。
日本・ASEAN関係の30周年を記念しまして、一連の行事が「日本・ASEAN交流年2003」のもとに、今年の1月にはじまりました。これは、小泉純一郎総理大臣が、昨年の1月にASEAN諸国の首都を訪問したときに提案された、5つのイニシアティヴの中のひとつです。12月に行われる日本・ASEAN特別首脳会議が、交流年の締めくくりとなるでしょう。
加盟国の全てが、それぞれ一ヶ月を担当し、フィリピンは去る2月に担当国となり、日比両国で様々な行事が行われました。フィリピンが2月を選んだのは、日比友好協会の後援の下、多くの日比関係の行事が行われるのがこの月だったからです。
記念といえば、フィリピンが今年、日本人のフィリピン移住100周年を祝うことにも少し触れたいと思います。1903年、アメリカ政府は、フィリピンの夏の首都であるバギオ シティと低地を結ぶ有名なケノン ロードをつくるために、1,500人の日本人の建設労働者を募集しました。日本人労働者の多くがこの地に滞在し、フィリピン人女性と結婚した人もいれば、ミンダナオ島の南部にあるダヴァオに移っていった人もいます。フィリピン在住の日本人は、今日日本が海外から輸入するバナナのおよそ74%、パイナップルの96%を生産しているミンダナオ島の農業部門の発展に力を,貸したのです。
急成長する東アジア地域貿易
日本の農業の輸入について触れたので、それに関連して東アジアにおける今日の貿易の推移を紹介したいと思います。多くの日本人は、いまだにバナナなどの食品はフィリピンが主な輸入国だと考えていますが、これはもはや真実ではありません。(果物や野菜だけでなく、魚介類や肉類、アルコール飲料などを含む)食品の部門は、フィリピンからの総輸入に占める割合としては、1985年の35%から、2001年には、わずか9.9%となりました。
他方、(発電用機械、AV機器、通信機器、そして電気の測定・制御機器などを含む)機械・機器の部門は、1990年のわずか12%から2001年には、ほぼ72%と、急速に増加しています。フィリピンから日本への製品の輸出量のシェアは、1993年の43.5%から2001年の83.9%へと増加しています。
フィリピンのケースは、ASEANがその輸出品をより価値の高い製品やサービスへと多様化させていくプロセスが進んでいる例です。1993年から2001年の短期間に、日本のASEANからの製品の輸入は、全輸入品に占める割合のうち、39%からほぼ61%へと増加しています。1997年のアジア金融・経済危機の始まりにもかかわらず、この傾向は、ますます顕著になってきています。この増加の大きな理由は、ASEANでの日本の投資の拡大によるものです。
東アジアにおける貿易の流れについて、もっと一般的な状況を説明しますと、2001年には、日本とASEANの輸出入を含む全貿易額は、1,086億7,000万米ドルに達しました。同様に、中国とASEANの全貿易額は、427億9,000万米ドルに達し、韓国とASEANの全貿易額は、322億1,000万米ドルに達しました。
2001年の日本・ASEAN貿易は、1996年の1,259億5,000万米ドルの水準から減少したことを示しています。しかしながら、ASEANと中国の貿易は、1996年の203億2,000万米ドルの水準から倍増しており、いっぽうASEANと 韓国の貿易は、1996年の259億5,000万米ドルの水準から、ほぼ25%増加しています。
ASEAN域内貿易の場合、加盟国による自由貿易圏(FTA)へのコミットメントによって、1993年から1997年のASEAN域内貿易において、433億米ドルから863億米ドルへと倍増しました。2000年には、960億米ドルに達しました。
これらの地域貿易のレベルの高さは、東アジア諸国が、ついに公式な経済協定、すなわち地域貿易協定(RTA)の創設を検討することを可能にしました。そのような考えは、1980年代にはありえなかったでしょう。当時は、域内貿易が少なかったうえ、ほとんどがアメリカを貿易相手国としていたからです。
最近の東アジアにおける地域貿易協定(RTA)に向けた傾向は、欧州連合(EU)の継続的な拡大や、米州自由貿易地域(FTAA)を通じて、2005年までに米州の全体へとNAFTAを拡大するというアメリカのイニシアティヴなどに対する懸念の結果でもあります。
東アジアでの経済地域統合のプロセスは、日本・シンガポール経済パートナーシップ協定から始められたと一般的に考えられています。しかしながら、東アジアの地域貿易協定は、実際は1977年のASEANの特恵貿易協定で始まっており、それが1992年にASEAN自由貿易圏(AFTA)に格上げされました。
AFTAは2008年に実施されるはずでしたが、そのプロセスが加速され、2002年1月に始まりました。この協定によって、現在ASEANにおける商品の貿易の95%以上が、5%以下の関税率で割り当てられています。そのASEAN域内の貿易の平均的な関税のレートは、現在最低で3.2%にまで低下しています。ASEANは、商品の貿易の自由化をさらに押し進める決定をし、当初の6カ国で2010年までにASEAN域内貿易に課税される関税をすべて撤廃する方向で取り組んでいます。
利点多い包括的パートナーシップ
将来どの東アジアにおける経済的集団の中においても、ASEAN自由貿易圏の役割は、自由貿易圏のネットワークのハブとなる可能性が高いので、運命を左右するものとなるでしょう。特に、プノンペンでの昨年11月のASEANサミットにおいて、日本、中国、そしてインドの経済の主要3カ国の全てが、ASEANとそれぞれ独自の自由貿易圏を設立することを提案しました。
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シアゾン大使 |
日本とASEANの経済的関係は、地域統合のブロックの中でもっとも重要なひとつです。両者は、自然な補完関係にあるパートナーです。日本経済は、(東アジア)地域経済の3分の2を占め、一方ASEANは、中国の市場規模の3分の2ほどですが、中国の一人当たりのGDPよりは大きい、経済規模の異なるおよそ5億5,000万人の市場を提供しています。
日本とのASEAN貿易は、貿易全体の14%から20%を占めます。両者の貿易全体は、1993年の9兆5,600億円から、1997年の14兆5,300億円へと急速に増加しています。1998年に、アジア通貨危機によって、11兆2,800億円まで減少しましたが、2001年にその水準は13兆2,000億円に跳ね返りました。投資の分野では、日本の経済が弱まったかもしれませんが、一方で依然として東アジアにおける主要な投資国となっています。日本は、ASEANに対して2000年に2,750億円、2001年に4,264億円を投資することが出来ました。
ある専門家グループは、日本・ASEAN包括的経済パートナーシップ(CEP)を(東アジア)地域の貿易と投資を増加するのに役立つであろうと推薦しています。ある研究は、そのような枠組みのもとで、日本へのASEANの輸出は44.2%増加し、一方ASEANへの日本の輸出は、27.5%増加すると示しています。
しかしながら、包括的パートナーシップは、約10年の長期的な目標です。一方、いくつかのASEAN諸国は、日本・シンガポール経済パートナーシップ協定を倍増させる提案をしています。経済パートナーシップ協定は、より広範囲にわたる協力まで含むことになるので、自由貿易圏よりも優れています。それは、貿易だけでなく、科学技術、観光、人材開発、その他経済の重要な部門におけるつながりを促進します。もし、ASEANの他の地域で複数のパートナーシップ協定が締結されれば、日本は技術において競争力の強い利点を拡大することが出来、ASEANの競争力の強い利点を使えるでしょう。
もうひとつの重要な地域統合のブロックは、ASEANの中国との経済関係です。日本・シンガポール経済パートナーシップ協定が、去る2002年11月に発効したことと、自由貿易圏のための中国・ASEAN枠組み協定の締結が重なったことに注目するのは興味深いことです。
ASEANの市場を統合することほど重要な意味を持つものはありません。ASEANの人口は、中国の13億人と合わせれば、人類のほぼ3分の1の市場を生み出すのです。それは、ほぼ2兆米ドルのGDPに匹敵し、相互貿易では1兆2,000億米ドル相当になります。中国・ASEAN自由貿易圏は、2国間貿易で50%の増加を生じると見積もられています。
両者の間の自由貿易圏は、市場効率を高めるだけでなく、目下、中国側に著しく有利にある投資の流れを再分配するでしょう。中国へのラッシュは、単に安い労働力やインセンティヴのためだけではなく、巨大な消費市場に足掛かりをつくろうとするラッシュなのです。したがって、中国・ASEAN自由貿易圏を創り出すための最大のインセンティヴは、広い統合された市場の将来性なのです。
中国は、ASEANにとって侮れない競争相手になるという往々にして繰り返されている懸念がありますが、中国の市場経済としての出現はゼロサム競争ではないのです。逆に、これこそASEANが中国と貿易できる理由なのです。中国のASEAN諸国に対する影響は、競争力を煽る圧力を加えるであろうという点では否定的かもしれません。しかしながら、競争的な順応に伴う短期的な痛みは、長期的にみれば、償われる以上のものがあるはずです。とうのも、中国の市場は、経済的パイを拡大する、すなわち貿易、投資、観光の面での機会を倍増させるはずだからです。
平和維持に役立つ地域貿易協定
「ASEAN+3」の残る加盟国である韓国に関して、韓国は、東アジア自由貿易圏の最も強力な支持者です。ASEANは、日韓自由貿易圏が、近い将来に実現する可能性があることに注目しており、これは非常に歓迎すべき進展です。純粋に経済的理由はともかく、そのような自由貿易圏は、これら二国間の友好関係を促進するでしょう。事実、日中間の結びつきを深める貿易関係を考慮すれば、日韓よりさらに長期的に見ても、日中間の自由貿易圏でさえ実現可能であるかもしれません。そのような経済的努力の効果が非経済分野にも広がっていくでしょう。摩擦の代償を吊り上げることによって、地域貿易協定は、東アジアにおける平和の維持へと役立ち得るのです。それは、日本、中国、韓国の間にある、歴史の重荷を徐々に取り除くひとつの手段です。
フィリピンと日本との間の経済パートナーシップ協定の話し合いに関して、ワーキング グループが、今までに3度ミーティングを開いています。私たちASEANは、とりわけ日本の人口統計上の問題の取り組みにおいて、より大きな協力ができると関心を寄せていることを申し上げています。日本は現在、厚生労働部門の規制緩和に取り組んでいますから、私たちは、経済パートナーシップ協定の枠組みのもとで、フィリピンから介護者や介護助手の参入を提案しています。もし、多くのフィリピン人介護者や介護助手が日本に来ることを許可され、日本人の高齢者をお世話できるよう訓練を受けられれば、素晴らしい親善となることが想像できるでしょう。フィリピン人側の医療面でのスキルの改善はともかく、この計画は、私たちの社会文化的な関係を個人レベルにまで、そしてそれ以上に意義の深いレベルにまで発展させることにもなるでしょう。
反テロリズムと朝鮮半島非核化が焦点
私は、東アジア諸国が経済的に統合していくために取り組んでいる努力の進歩と将来性について説明してきました。しかしながら、その成功は各国の政府と民間部門のコミットメント次第であるだけなく、(東アジア)地域の平和的条件にも関わってきます。9月11日の悲劇的な事件は、私たちに共通の安全を守るためにもっと大きな協力が必要だということを示しました。安全は、常にあって当然であると空気のように考えていますが、私たちは、それを失って初めて貴重なものであることを学びます。
冷戦の終結によって、(東アジア)地域における不安定要素が取り除かれたわけではありません。ひとつの例として、日米中の安全保障関係は、いまだに大部分がはっきりとしていません。これは、東アジアにおける「一触即発の地点」のひとつである台湾という問題を含んでいるので、非常に複雑な問題です。これらのアジアの大国の三角関係は、その地域の安全保障だけでなく、全般的な未来によって決まります。(東アジア)地域の二大国である日本とロシアが、北方四島をめぐる対立から、いまだに平和条約を締結していないことも注目に値します。
しかしながら、(東アジア)地域の安全保障の問題点は、今日、主に2つの問題に絞られます。まず、9月11日のテロ攻撃とアメリカによる断固とした対応に倣って、東南アジアにおける過激派組織の活動に取り組む努力も一新されたことです。いくつかの国では、過激派集団との問題は新しいものではありません。例えば、フィリピンは、ミンダナオ島という最南端の島で、そのような集団を一掃するための努力を30年以上も続けています。
昨年10月のバリ島での悲劇的な爆破事件は、「アジアの9月11日」とよばれ、この問題に世界中の注目を集めるのに役立ちました。アルカイダに関係するテロリストの何人かが、シンガポール、マレーシア、インドネシア、そしてフィリピンなどで逮捕されたことは、東南アジアにもこのテロリストグループによって設立された広範囲に及ぶ関連組織があることを示しています。このネットワークは、東南アジアだけでなく、日本をも深刻な危険に晒しています。
不安定要素の2番目の要因は、朝鮮半島の情勢です。北朝鮮は、去る1月10日、核拡散防止条約(NPT)から一方的に脱退すると発表しました。その後、北朝鮮は2人のIAEA査察官を追放し、核兵器の開発に関連している可能性があるヨンビョンの核施設で運転を再開しました。
北朝鮮の行為は主にアメリカに向けられているようですが、日本も、北朝鮮が過去10年の間に、日本に向けてノドンやテポドンといったミサイルを発射した経緯があるので、特にこれらの動きに警戒しています。
東アジアで軍拡競争の恐れ
ASEANにいる私たちは、朝鮮半島から核兵器をなくすべきであると信じています。ASEANは、核を保有した北朝鮮が、日本にも核の保有で対応することを促し、韓国や中国、インドやパキスタンを巻き込んで、東アジアで軍拡競争に火がつけられることを懸念しています。不安定に陥れる影響に加え、軍拡競争は、とりわけ東アジアが欧米諸国に対抗する力を優先させるべきときに、資源の無駄でもあります。
したがって、最近の北朝鮮の行動に対する日本の指導者達の対応は、日本の近隣諸国によってしっかりと監視されています。日本は、非常に短期間で核保有国になれる能力を備えているという事実にもかかわらず、核兵器を製造することに対する日本の政治指導部の抵抗は非常に大きいのです。核兵器計画が近隣諸国に与える影響に加え、日本はそのような計画がアメリカとの関係にどんな影響を及ぼすかということにも注意しているのです。
北朝鮮の核兵器計画の再開は、国際社会の規範や協定に対する挑戦の意思表示の手段のひとつですが、この計画は武力侵攻を前提としているわけではないということを覚えておくことが重要です。核計画は、主に外交のカードとして、つまり防衛や攻撃の抑止としての機能に加え、他国から資源や援助を引き出すための方法として使われているのです。
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シアゾン大使 |
北朝鮮は、融通が利かずに頑固に見えますが、実際近年はずっと態度が良くなりました。アナリストの方々にも指摘されているように、アメリカ政府の情報筋によると、北朝鮮のテロに対する支援はほとんど存在しません。武器の輸出もかなり減少しましたし、数十年前の日本人拉致の過去についても認めています。事実、日本政府の情報筋によれば、北朝鮮が1月10日の核拡散防止条約からの脱退の決定を発表する前に、日本に電話連絡してきたといいます。また、この最近の危機の前には、北朝鮮は再度IAEAの査察官を受け入れていますし、ヨンビョンの原子炉の運転を止め、ミサイルテストを凍結しました。
北朝鮮は非常に扱いづらい国ですが、私の経験から申し上げますと、外国との対話にずっと前向きになりました。外務大臣として、私はタイのスリン・ピツワン元外務大臣と共に、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)に対して、2000年にASEAN地域フォーラム(ARF)に加わるよう働きかけていました。北朝鮮は、第7回ARF会合に参加することで納得しました。
平和解決への3条件
私は、北朝鮮の政府高官だったファン・ジャンヨプ氏が亡命した1997年の3−4月に、当時のフィデル ラモス大統領の外務大臣を務めていました。ファン氏は、滞在先の中国からフィリピンに入り、数週間滞在してから最終目的地の韓国に行きました。
私は、ちょうど南アフリカや旧ソ連邦を構成していたウクライナやベラルーシが、説得の末に核開発計画を断念したのと同じ方法で、北朝鮮の場合にも、核の亡霊を瓶の中に戻すことが出来ると信じています。しかしながら、いくつかの条件が満たされなければなりません。
まず、北朝鮮自身が問題にしている、攻撃されない保証という条件です。これは、アメリカ、ロシア、中国、日本、そして韓国による、(北朝鮮は)攻撃されないという多国間的保証によって可能です。
2つ目の条件は、(東アジア)地域の国々が問題にしている、北朝鮮がNPTに復帰して長距離ミサイルの開発を凍結することです。
3つ目の条件は、経済制裁の解除と包括的経済援助の提供です。北朝鮮のエネルギー需要に焦点を絞ることが重要です。結局、エネルギー不足が、1993年と現在の両方の危機の引き金になったからです。しかし、北朝鮮の問題は、エネルギー不足だけでなく、経済の閉鎖性にも原因があるです。北朝鮮は、大規模な投資、ODA、そして貿易の機会を必要としており、その全てが北朝鮮に対してNPTに復帰するのを説得するための交換条件としてオファーできるのです。そして、これは、とりわけ日本、韓国、アメリカなどが、(東アジア)地域において、より積極的な外交を展開することによってのみ実現し得ます。
船橋洋一氏によって、朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)は、北朝鮮にエネルギーを供給する土台を拡大して、中国とロシアが参加できるKEDO IIへと格上げするべきだと提案されています。私は、KEDO からKEDO IIへ拡大するという提案を支持します。
「アジア原子力共同体」の可能性に期待
事実、KEDO IIからKEDO IIIやASIATOM, すなわちアジア原子力共同体などに格上げすることは、全ての加盟国の長期的な利益になるかもしれません。これは、平壌が核兵器を断念することを受け入れ、KEDO IIが実現した後、次に、北朝鮮が二度と合意事項に違反しないことを保証するにはどうしたら良いかという問題があるからです。EURATOM(欧州原子力共同体)に倣って、(東アジア)地域からの査察官による相互査察に基づいた検証システムが、武器の拡散が行われていないということを北東アジアにおいて皆に保証するために唯一受け入れられる形かもしれません。
東アジアにおける核エネルギーの平和利用を目的とする、この地域機関は、中国、日本、南北朝鮮、ロシア、台湾、そしてASEANを含むかもしれません。加盟国は、単に国際原子力機関(IAEA)に依存する代わりに、お互いの各施設を査察すべきです。これは、北東アジアにおける歴史の重荷という点から考えると最も良い取り組みであるかもしれません。
EURATOMは、保障措置の査察に取り組んでいますが、これは、IAEAの保障措置の査察のリポートに基づいています。イラク、北朝鮮、そしてイランにおける最近のIAEAの保障措置の歴史を考えますと、アメリカ、日本、韓国、それに北朝鮮でさえもIAEAの保障措置のみに依存することは難しいでしょう。私は、ミニASIATOMが、出来るだけ早く設立すべきであると信じています。そのような機関は、1996年の日経アジアの未来会議において、フィデル ラモス元大統領によって提案されています。金子熊雄教授も日本でこの概念を提案しています。
ASIATOMは、北東アジアで緊急を要する問題のひとつである核廃棄物の管理や処分に伴う問題を取り扱う任務を負うことも可能でしょう。例えば、現在の韓国と台湾の原子力計画は、使用済み燃料の蓄積につながっています。核廃棄物の管理と処分に対する個々の取り組みでは、近隣諸国の懸念を緩和するはずがないのだから、核廃棄物の管理と処分に対する地域毎の取り組みを持つ必要性があります。
この点で、2001年6月18日に発効した、使用済燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約は、意義の深いものであります。この条約は、近隣諸国に、条約の締約国である国の使用済み燃料の管理と核廃棄物管理の安全性について相談を受ける権利を与えています。残念ながら、韓国だけがこの条約の締約国となっているだけです。日本、北朝鮮、中国、そしてロシアは、北東アジアの人々に対し、領土内での使用済み燃料と核廃棄物管理の安全性を保証するため、条約の締約国となるべきです。
ASIATOMの機能は、原子力発電所とその他の核燃料サイクルに関連した施設の安全な運転を含めるよう拡大することも可能です。海外の査察官の参加によって、日本人は、自国の各施設の安全な運転に関してもっと信頼感を持てるかもしれません。
北朝鮮の問題の解決方法を模索していく中で、ASEANは、日本、アメリカ、そして韓国に、さらに積極的な役割を期待しています。外交とは、可能性の技術であると言われ、平和的解決を見付け出す努力は、精力的に追求されなければなりません。
絡み合う経済統合と安全保障
私は、いろいろな題をつけて、地域経済統合と安全保障問題を論じてきましたが、現実にはこれら2つのトピックは絡み合っています。経済的利益は別にして、地域経済統合は、相互依存と政治的安定をもたらすでしょう。自由貿易圏あるいは経済統合様式の中にある国々は、未来に向け共に行動し共に計画するようになるでしょう。
世界は、1870年から1945年の間に3回の大きな戦争を経験したドイツやフランスから学びましたから、経済統合はヨーロッパの政治的安定のカギです。これら2つの大国の平和が確保されると、私たちは今、欧州連合(EU)を結束と革新的進歩の牽引役として役立てています。彼らの国が経済的に統合することによって、彼らは、主としてドイツ人やフランス人などと考えることを止め、今ヨーロッパ人として共に行動しています。
アジアの場合、中国と日本はフランスやドイツと同様に考えられるかもしれません。私たちASEANは、中国と日本が東アジア自由貿易圏の加盟国となるとき、東アジアの平和を維持するより良いチャンスを手にすることになります。FTAでは、日中が東アジア共通のヴィジョンを実現するために、共に計画し、共に行動するからです。
経済発展と安全保障の関係も、保護や食物、教育や雇用あるいは持続可能な発展のような基本的な人間の必要性に関連した、人間の安全保障の概念によって、もっとはっきりしてくるでしょう。私たちが、持続可能な発展を供給できなければ、いつでも過激派集団の生まれる土壌が出てくるでしょう。私たちは、将来に希望が持てない人々が、既成の制度や社会に不満をぶつける傾向があることを知っています。
私たちASEANが、アフガニスタンや東ティモール、スリランカのような国々や、フィリピンの最南端にあるミンダナオ島やインドネシアのアチェ州といった地域で、日本が復興に重要な役割を果たすことを歓迎するのは、この理由のためです。現在の経済上の困難にもかかわらず、日本がその大きなODA計画を継続していく決意もまた、ODAが貧困を一掃し、過激派集団の生まれる土壌を減らしていくための必要な手段であることから、大きな賞賛に値します。
経済統合と安全保障問題の両方において、ASEANと日本のパートナーシップの広がりを考えますと、私たちASEANは、両者の関係がさらにもっとふか深いものになっていくよう期待しています。中国や南北朝鮮との関係も同じ道をたどっていくことがASEANの願いです。なぜなら、ASEANは、東アジアが今世紀におけるもっとも大きな成長の中心となるという予言を実現させる重要な任務を背負っているのですから。
ありがとうございました。