日本と近隣のアジア諸国・地域は世界史上まれな高度成長の経験を共有し、その結果、様々な共通の課題を抱えるようになってきた。急速な少子化と高齢化は典型である。こうした問題について欧米と議論することも必要だが、アジア自身の問題はアジアの中でともに考えることが最も重要なはずだ。
ところがここ数年、日本を除く東アジアの社会科学、人文科学において、一段と米国の影響が強まっている。大学や研究機関で、SSCI(Social Science Citation Index)をはじめとする、米国主導の、いわば「知」の格付けシステムの利用が進んでいるのだ。
研究の成果が論文として、ある学術研究誌に発表される。その論文が他の研究によって多く引用されるほど、その学術誌の「格」は上がる。これがSSCIの原理だ。さらに、研究者や、その所属する大学、研究機関の格付けも、どの格の学術誌にどれだけ論文を発表するかで決められる。
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韓国、台湾など近隣諸国・地域の大学、研究機関では、研究の生産性向上と国際的な評価獲得を狙って、研究者の業績評価制度にSSCIを取り入れ始めた。
韓国・延世大学が2年ほど前に導入した評価制度では、SSCI上位の学術誌に論文が掲載されれば300ポイント獲得できるが、韓国内の一流誌では120ポイントにとどまる。任期内に決められたポイントを獲得できなければ契約を打ち切られるため、研究者たちはSSCIの学術誌に向けて懸命に論文を書くことになる。
清華大学、香港大学、台湾大学など、東アジアの中心的な大学や、中国社会科学院、台湾・中央研究院など代表的なシンクタンクも、SSCIを利用した評価制度を導入している。
こうした制度には当然、弊害もある。その時々の米国の関心に沿った研究ほど学術誌に掲載されやすく、ポイントを稼ぎやすい。反対に、アジアが抱える切実な問題に、米国の学術誌が興味を示すとは限らない。自分は一体何のために研究するのかというジレンマに、アジアの研究者たちは直面しているといえる。
台湾で昨年、当局が中心になって設置した台湾版SSCI(TSSCI)は、その打開策となる。引用件数によって格が決まるというSSCIの原理を使って、台湾内の学術研究誌の格付けを始めたのである。米国の関心にかかわらず、台湾自身が重要と考えるならば、その研究は評価され、ポイントを与えられる。
TSSCIの格がSSCIのどのあたりに相当するか、対応させることができる意味も大きい。もしもこの先、韓国、中国そして日本でも、各国版のSSCIが整えば、それぞれの生み出した「知」がネットワーク化され、域内の交流が促進されるだろう。たとえば中国の研究者を日本の大学が採用しようとする時、中国語で書かれた業績の「値打ち」を簡単に知ることもできるわけだ。このネットワークがアジアの問題をアジアのなかで考える土台となる。
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日本の現状は、SSCIを使った研究の評価という、知の分野のグローバル化からアジアの中でひとり距離を置いている。このままでは研究者間の現在の連携を維持することすら難しくなる。共同研究に誘っても、SSCIの格付けから外れている日本の学術誌だけが成果の発表の場ならば魅力は乏しい。また優秀なアジアの若者は、日本に留学しても損をするので来なくなる。
日本も、日本版SSCI(JSSCI)の導入を検討してみてはどうか。もちろんJSSCIも、SSCIも、研究の価値を測る唯一絶対の物差しではない。むやみに数値化された目標に向けて研究者を駆り立てれば、自発的な「知」の探求を破壊してしまう。得失を冷静に計算し、また弊害を抑える工夫をする必要がある。
こうしたアジアの「知」のネットワークへの模索は、実はグローバル化に適応しつつ、牽制(けん・せい)しようとする試みなのである。それは「研究」のみならず、日本の多くの分野で必要な姿勢だろう。
さとう・ゆきひと 東京都出身。専門は、台湾の産業社会研究。40歳。