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岩渕 功一
早稲田大学助教授
東アジアでは、この10年の間に様々な分野の文化交流がかつてない規模と親密さをもって活発になった。背景には、冷戦終結が世界各地にもたらした、市場経済と消費文化の浸透がある。その流れの中で、東アジアの文化市場が拡大し、各地で文化を生産する能力が大きく向上した。
国境を越えた文化産業と表現者の競合、連繋、協同が進み、人々は越境する文化に共鳴して多彩な感情を紡ぎ出している。まさに、東アジアの文化は国の枠組みを越えて躍動している。
同時に、政府も文化の越境に積極的に関与している。文化をとおして国のブランドイメージを高めることが、経済的・政治的な国際競争の戦略として重視されるようになったのだ。英国の「クール・ブリタニア」がその先駆的な例だが、東アジアでも韓国などで積極的な文化奨励の政策がとられている。日本でも近年、政府の委員会が相次いで発足した。アニメや映画など「文化コンテンツ」の輸出促進や「日本ブランド」の確立、世界に向けた文化発信の必要性が議論されている。
文化と経済のつながりは新しくない。商品を売るには機能や使用価値だけでなく、デザインやイメージなどの付加価値が重要であることは、よく知られている。近年はさらにIT、メディア、観光、ファッションなど、文化、情報、イメージを商品とする産業が世界経済においてますます大きな役割を担っている。
文化と政治のかかわりの歴史も短くない。アメリカは冷戦の戦略として自国の文化を世界に発信して、豊かで自由な民主主義社会のイメージを喧伝した。日本でも1977年の「福田ドクトリン」以来、アジア地域における文化外交の必要が謳われ、政策化されてきた。最近はソフトパワーという言葉が使われ、文化をとおした国のイメージ向上が、国際政治や外交政策において一層重要性を増している。
文化活動を奨励し、交流を推進する政策自体は重要だ。しかし、経済・政治面の狭い国益増進に専心するあまり、広く社会を潤すという本来の目的が見失われるなら、それは「ブランド・ナショナリズム」と呼べる議論にとどまってしまう。市場原則に拘わらず様々な活動を支援することで、社会の多様性を反映した新たな文化が創造される。相互理解を深めるには、国のイメージ向上だけでなく、市民の間の対話を促進する必要がある。
文化はときに過剰な期待をかけられる。例えば、韓国や中国では、日本文化に接する人ほど日本に親しみを感じているとして、文化交流によって歴史的なわだかまりを克服すべきだという議論がある。そうだろうか。日本文化に好感を持っていても、終わらない過去に今も苦しみ、複雑な思いを抱く人は多い。たとえどれほど文化交流が日本のイメージを改善し、反日感情を好転させても、歴史の傷跡や記憶が消え去るわけではない。過去を克服するには、何よりも過去と真摯に向き合い続けなければならない。
日韓関係の進展が示すように、国境を越える文化の交流は新しい関係性の胎動を感じさせる。しかし、それは植民地主義の歴史から断ち切られてはいないこと、国民国家と市場経済の枠組みのなかで周縁化される人々や文化の存在抜きに語れないこと、国境を越えた労働の分業や格差拡大と背中合わせにあることも、見落としてはならない。
文化交流に問題解決の〈魔法〉を期待するのではなく、活発になった交流をさらに発展させて、こうした問題を話し合い、共に取り組む場を築くための方策を真剣に考える段階に来ている。
国境の内外をつなぐ社会の民益を増進するには、どうしたら文化を最も有効に活用できるのか。その模索に向けて、東アジアの文化越境をとらえてみたい。
2005年11月4日
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