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朝日新聞アジアネットワーク
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第2回朝日アジアフェロー・フォーラム

「東アジアの少子化―現状と課題」

阿藤誠・早稲田大学人間科学学術院特任教授
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2007年07月10日

写真:早稲田大学人間科学学術院特任教授・阿藤誠さん

 早稲田大学の阿藤でございますが、私は2年前まで国立社会保障・人口問題研究所におりまして、専ら最後のほうは日本の少子化の問題にかかわっていたという者です。それで、きょう、東アジアの少子化というテーマをいただいたんですが、特に私自身はアジアの専門家でもないものですから大分ためらったんですが、最後にそこにたどりつけばいいだろうというような了解のもとで、少し順を追って、どういう形で世界全体で特に出生率が変わってきたのか、今のアジアの少子化までたどりついたのかという全体像をお話しして、任を務めたいと思います。

 普通は人口といいますと、すぐデータがいっぱい出てくるんですが、最初の話では資料をA4で一、二枚という話であったので、あまりデータをつけちゃいけないのかと思って、なるべくセーブしてしまって、先進国とアジアの少子化国のデータだけはつけております。それで少子化と今いろいろ議論があるわけですが、その少子化の歴史的な位置づけをちょっとお話ししておきたいと思います。

 19世紀から今日まで世界各国が経験している、つまり近代社会になって経験している人口変化というのは、人口学者の間では人口転換と呼ばれています。それはご承知のように高い出生率、高い死亡率から最終的には低い出生率、低い死亡率に至ると。その中間段階の多産少死――高い出生率で低い死亡率――のときに人口爆発とか人口増加が起こるという段階論的モデルでありまして、それがかなり多くの国で当てはまるということで、人口転換という言葉が今でもキーワードとして使われているということであります。

 きょうのお話であるアジアもそうなんですが、まだ一部の国では、あるいは多くの国ではこの多産少死段階にあって、つまり出生率をいかに下げるかというところに政策の焦点が当たっているということになりますが、もうその少子化に至っている国はそれが終わっているということにもなるわけであります。

 そういう人口転換の中でとりわけ出生力が普通は1人の女性当たり子供5人以上から2人ぐらいまで低下することを、さらに人口転換の中で出生力転換、ファーティリティー・トランジションという言い方をします。そうすると今、歴史を振り返って、どういう地域が先に出生力転換をしたかというふうな流れで見ますと、何といっても西欧諸国が1930年代には出生力転換を終えた。言いかえれば、もうそれは19世紀に始まって、20世紀の30年代にほぼ多くの国が出生力転換を終えて、子供2人という状況に達した。日本は長くとれば戦前の1920年代ぐらいから、いわゆる1950年代の産児制限時代です。そこまでで出生力転換を終えたということであります。

 東アジア諸国、きょうの注目点である、とりわけ中国、香港、台湾、韓国、シンガポールといった国々ですが、これもほぼ80年代にその出生力転換、つまり子供2人の水準までたどりついたということでありまして、日本と比べて二、三十年おくれているということになります。今日の東南アジア諸国、もちろん東南アジアといってもシンガポールは少子化国ですから別なんですが、あるいはタイとか先に進んでいる国がありますけれども、インドネシアとかマレーシアとかベトナム、もちろんカンボジアなんかも一番遅いですけれども、そういう国々は全体としては出生力転換の最終コーナーといいますか、子供2人台、高い国でも3人を何とか下回るという状況にある。地域全体でいうと、南アジアは転換途上にあって、パキスタンとか、あるいはネパールとかは高い。まだ四、五人という国でありますし、インドのあたりはちょうど3人ぐらいという感じです。ですから、低下はしているけれども、それが終わるまでにまだ相当時間がかかるというところがございます。

 西アジア、これも国によって違います。イランなんかは出生率が相当下がって、ほとんど2人に近いんですけれども、例えば私が関係したヨルダンなんかはまだ子供4人ぐらいとか、そういう状況で、初期とは言いませんけど、転換のかなり初期段階に近いところにあるというような状況です。

当てはまらなくなった人口転換理論の予想

 きょうのテーマである少子化というのは、その出生力転換のいわば延長線上にあって、かつては人口転換理論というのがありまして、それによると、少産少死に至ると、出生率も死亡率も大体均衡する。人口も成長をとめ、そして緩やかに高齢化が進んでいくという一種の予想があったわけです。そのときの出生率というのは、ここに書きました人口置換水準の出生率といって、1人の女性当たり子供が2.1人前後というふうに落ちつくのではないかという漠然とした期待というか予想があったわけです。ところが、1970年代からの西欧諸国とか、それから80年代以降の東アジア、日本も70年代以降ですが、さらには90年代以降の東ヨーロッパというぐあいに、その出生力転換を終えた後、一段落したり、いろんな国がありますけれども、特に最近の途上国はそのまま水面下の人口置換水準以下に落っこっていってしまうということが次々とあらわれています。ですから、かつての人口転換理論の予想は随分、今日では当てはまりにくくなっているということがあります。

 その出生力転換が起きますと、基本的には人口増加が抑制されて、そして高齢化が起こることは必然なんですが、この人口置換水準以下への出生率の低下という少子化が起きますと、いわゆる長期的には、今度は人口が落ちついていなくて減少を始める。そして、高齢化もその置換水準を維持した場合よりもはるかに高齢化が進む。今の日本の例ですけれども、そういうことが起こるということになります。

 そこで少子化の話になるんですが、西ヨーロッパを中心とした先進諸国のいろんなデータ、研究から、少子化の人口学的な要因というのは非常に大まかに言えば、出産の高年齢への先送り。これは英語のポストポーメントという言葉の訳なんですが、人によってはポストポーメントレボリューション、先送り革命というぐらい、これが西ヨーロッパの場合、70年代からとうとうと起きている。これは端的にいえば平均出生年齢、とりわけ第一子の出生年齢というものがどんどん上がっていく。日本で俗に晩産化といいますけれども、そういう傾向が顕著でありまして、平均四、五歳、第一子出生年齢が上がるという極端なところもあるわけです。

 それからもう一つは、出産をおくらせたコホート、中には無子率といって、子供を産まない人の割合が上がってくる。とりわけドイツなんかが顕著なんですが、日本も最近ちょっとそういう傾向が出てきましたけれども、そういうことになってあらわれてくるということになります。

少子化の背景にある未婚化、晩婚化、非婚化

 この家族形成の一種の先送り革命というものが何で起こったかというと、その背景といいますか、あるいは同時に起こったこととして、日本でもよく言われる未婚化――若い人の間で未婚率が急上昇している、あるいは結婚年齢が遅くなっている晩婚化、そしてそのまま結婚しない人が50代を過ぎてしまう非婚化といったようなことが日本でもヨーロッパでも共通に起こっています。さらには同棲――いわゆる婚姻をしないで一緒に住む同棲、そしてそこでまた子供を産むので婚外子がヨーロッパではすごい勢いで増えている。この点については日本が少ないわけですが、さらには離婚、そして再婚が、これもまた急上昇といいますか、増大しているという意味で、この先送り革命というのが、いわばそういった全般的な家族変化というものの中の1つとして起こっているというふうにとらえることができると思います。

 その少子化の社会経済的背景、つまり人口学的な要因とか背景はデータでかなりよくわかっているんですが、社会経済的背景というと、なかなかこれは難しいので、ヨーロッパで言われているように幾つかの仮説を挙げてみましたが、時間があまりないので、そこは言葉だけで省略しますけれども、1つは近代的な避妊法――特にピルの普及、あるいはヨーロッパでは中絶の合法化が70年代にありました。そういうことが1つの原因である。それから何といっても女性の社会進出、高学歴化、女性の労働力比率の上昇ということによって、社会全般で、いわば職業と家族役割といいますか、あるいは仕事と子育ての両立が大変難しくなったということ。それから、ちょっと間違えましたけれども、大衆消費社会です。いわゆる豊かな社会になって、消費主義が非常に蔓延するということとか、あるいはその中で子供というものがかつての労働生産財とか資本財ではなくて消費財化している。さらにそういう中で子育ての負担感が増大しているということ。あるいは豊かな社会が到来して、価値観、特に若者の価値観が、これはヨーロッパの言い方ですけれども、キリスト教から離れて世俗化している、あるいは非常に個人主義化している。よく言われるようにセルフアクチャライゼーションと言われるような自己実現が至上な価値になるというふうなことも関係があるのではないか。それから若者の経済的な不安定性が増大しているというようなことがいろいろ言われているということでありまして、日本でもそういうことの幾つかが当てはまる部分もあり、当てはまらない部分もあるということになると思います。

 ただ、ヨーロッパの場合を見るときに、1980年代半ば以降に、後ろのほうのデータにありますけれども、合計特殊出生率が1.6あるいは1.7ぐらいから上で2.1ぐらいの間。ですから、比較的人口置換水準に近い出生率を保っている国のグループ、これを私は緩少子化国と呼んでいるんですけれども、北欧諸国、それからアメリカに代表される英語圏、それからフランス、その周辺のベネルクス3国と言われているような国々は比較的高い出生率を保っている。それに対して、ヨーロッパでは南ヨーロッパ、それからドイツ語圏――ドイツ、オーストリア、スイス、そういった国々と日本は出生率が1.4あるいは1.3以下ということで、これはドイツの学者がlowest―low fertility countriesと、超少子化とも訳したんですけれども、超少子化国というふうにやや二分される傾向が出てきているということであります。

 この2つのグループを比較してみますと、緩やかな少子化国では、まだ例えば、先ほどのような意識調査とかユーロバロメーターとか、そういうのがあるわけですけれども、そういったことで理想子供数が今でも2人を優に超えているということです。そして非常に大きく違いますのは、20代で確かに先送り革命で出生率を下げたんですが、その人たちが30代になって、その希望や理想の子供数であります2人に何とかキャッチアップするという傾向が非常に強い。ですから、20代で下がった分、今度は30代の出生率上昇で補うという年齢パターンがあらわれてきたんです。そういうわけで、出生率が全体としてはそれほど大きく低下しない上に、80年代半ば以降にかなり急激に上昇しているという傾向が見られます。

 それに対して、南ヨーロッパや日本、ドイツ語圏では20代の出生率低下が緩少子化国に比べて非常に大きいということ。それから30代のキャッチアップが非常に弱い。ですから、30代があまり上がらないということで、いわば低迷しているということになるんです。日本では理想子供数というのはまだ非常に高いんですけれども、例えばドイツ語圏では、つい最近のデータで理想子供数ですら2人を下回っているというふうなデータが出てきています。

超少子化と緩少子化を分けるものは何か?

 そして、今お話ししたような超少子化国と緩少子化国、つまり全体の少子化を背景とした、先ほどお話に出たのはいろいろ考えられるわけですけれども、では、超少子化と緩少子化を分けるものは何か。

 人口学的に言うと、前者では同棲・婚外子が非常に広がっている……逆ですね、超少子化のほうが広がっていないのに対して、緩少子化では同棲・婚外子が大変広がっているという違いが大きいということであります。同時に、イタリアの学者なんかも言い出していることですけれども、母親保育を強調する伝統的な家族観・ジェンダー観が強いということも、この2つのグループに顕著に違いが見られるんじゃないか。

 それから、それと大いに関係があるんですけれども、家族政策と言われるこの問題に関係する政策面でいうと、仕事と子育ての両立支援、いわゆる日本では育児休業制度とか、あるいは公的な保育サービスの強化とか、あるいはオランダでやられているようなパートタイムの処遇を改善して、カップル2人で1.5人分働ければ十分やっていけるという労働市場政策があるんですけれども、そういうものが超少子化国では弱いといったようなことが、この2つのグループを分けているんではないかということになります。

 それでまた最後に東アジアの少子化にたどり着くんですが、もちろん日本も東アジアの一員でありますから、私自身は日本で先に進んできたことがおそらくほとんどアジアの少子化国に当てはまるんじゃないかというふうに漠然と考えております。ただ、アジアNIES、中国、タイなどはもう既に出生力転換を終えているわけです。しかし、先ほど申し上げたように、日本なんかはそれが終わった後17年間、ほとんど子供二人という状態が続いて一段落した後、70年代からまた少子化が始まったというんですが、先ほど申し上げたように、こういったアジアの発展途上、あるいは中進国の中では、そのまま出生率が置換水準を割って低下を続ける。アジアNIESは80年代、中国、タイは90年代に2.15を大きく下回る。さらに2000年代に入って、アジアNIESの出生率が急低下して、今や先輩国である日本の出生率を下回って1.1とかいう状況、日本は最近ちょっと上がって1.32なんですけれども、それをもはるかに下回るという状況に来ている。

 中国の出生率は謎めいたところがありまして、90年のセンサスで2.31、2000年のセンサスで1.22という、10年間でこんなに下がるのは不思議な感じがするわけです。おそらく相当の調査漏れがあるんじゃないかと言われておりまして、国連の推計では今のところ1.70という数字が上がっています。それにしても、少子化であることには変わりがないんですが、そういうような状況にあるようです。

 東アジアの少子化の人口学的要因も、先ほど申し上げたいわば先送り革命でありまして、つまりいろいろな近代化、経済発展も含めて、とうとうと出産年齢が上がる、その背後で結婚年齢が上がるということが起こっておりまして、これは全く日本と同じことが起こっているんです。晩産化であり、晩婚化であり、未婚化ということが続いている。それで、日本と同様に緩少子化国に比べて同棲・婚外子が、特に東アジアではほとんど広がっていないということですから、結婚を逃がせばそれだけ出産が減るということで少子化が進むという、ある意味じゃ非常に単純なメカニズムで少子化が進むということが続いてきたわけであります。

高学歴化で子育てコストが増大

 ですから、東アジアの少子化というのは出生力転換とそのまま続いて入っていったものですから、切れ目がないんでなかなか難しいんです。そもそも出生力転換そのものを政策的に下げる部分があって、そのときに強く行われたのが国家的な家族計画プログラムで、これはおそらくアジアNIES、中国では世界でも最も強力なプログラムで、近代的な避妊法を普及させ、同時にほとんどの中絶を合法化して出生率を下げたという歴史があって、そのまま少子化に入り込んでいるということがあります。それから同時に、経済発展・産業化・エンプロイー化・都市化・高学歴化というようなことによって、これは普通、出生力転換の説明要因ですけれども、急速に家族観、子供観というのが変わってきている。子供が生産財・資本財じゃなくて消費財に変わるというふうな変化も一挙に起こっている可能性がある。

 そして、とりわけ高学歴化というのもいろいろな意味があって、そういう子供観や家族観の変化を起こすと同時に、例えば韓国のようにものすごい勢いで高学歴化する、もう日本以上、あるいは世界一の高学歴化国になるというようなことがあって、急速に子育てコストを増大させているという一面もあります。

 東アジアの少子化国については、日本もその一部ですけれども、何かやっぱり儒教文化に根差す伝統的な家族観やジェンダー観が強く、特に高学歴女性にとっては仕事と子育ての両立の妨げになっている可能性があるというふうなことが、先ほどの西欧諸国と同様のことが言えるんじゃないかというふうに思います。

 それから、その余波として、東アジアの少子化国では出生力転換の達成後に出生性比のひずみが生じている。いわゆる男児過剰出生と、ここのあたりは非常に独特の傾向でありまして、男系の家族の継続を求めて男児選好が非常に強いということが、この問題に関係があるんじゃないかと。

 最後に、東アジアの少子化国におけるさまざまな出生促進策が行われていますけれども、これは結果的にはほとんど効果がないということになっております。

 以上でございます。(拍手)

プロフィール

あとう・まこと
 厚生省人口問題研究所長、国立社会保障・人口問題研究所副所長、所長を経て、2005年4月から現職。社会の変化を人口変動という観点から分析する。発展途上諸国の人口・家族計画、国連を中心とする人口分野の援助活動、日本を含む先進諸国、アジアNIESなどの少子化、高齢化、人口減少、家族政策などの問題を国際比較の視点から研究。著書に「現代人口学―少子高齢社会の基礎知識」「先進諸国の人口問題―少子化と家族政策」(「少子化の政策学」など。

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