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朝日新聞アジアネットワーク
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朝日アジアフェローから

対インド関係 「頭脳大国」との視点を

 近藤正規/国際基督教大上級准教授〈開発経済学、インド経済〉

2008年03月10日

写真:近藤正規さん

 東京都江東区に住む友人は「マンションにインド人が増え、お知らせに英語も表記されるようになった」という。在日インド人の数は増え、今や1万7500人になる。6割はIT技術者と家族で、折り目正しく日本人の間の評判もよい。

 停滞していた日印経済関係も、ここにきてようやく拡大しつつある。現地で大成功したスズキやホンダは生産規模倍増計画を進め、それに続く日系企業も増えている。貿易額もこの数年で倍増し、今年中には経済連携協定(EPA)の締結も期待される。地球規模でみても、温暖化防止における重要性をはじめ、インドは日本にとってますます重要な国になっている。

 政治関係では少し前まで「中国封じ込め」の観点からインドを重視する向きが多かった。だが福田首相に代わり対中政策に変化が生じ、日本外交におけるインドの位置は、一段引いたものになったかに見える。

 しかし、中国牽制(けんせい)を念頭に置いたインド接近は、もともと長続きする性格のものではない。逆にそうした状況が一段落し、経済関係が本格的な盛り上がりを見せつつある今こそ、冷静に日本とインドの関係を考えてみる時である。とくに重要なのは、インドの「売り」である「人材」をどう日本の将来に組み入れ、どう「人的交流」を抜本的に強化するかである。

 指摘したいのは、先進諸国のインドに対する見方と日本の違いである。途上国援助(ODA)の最大供与国であり、将来の巨大市場として「インド」を見てきた日本と比べ、欧米とくに米国に大切なのは、インドというより、そこにいる「インド人」である。

 米企業は近年、研究開発(R&D)をかなりインドで行っている。インドを全世界向けの幹部候補採用拠点にする企業も増えてきた。マッキンゼー、シティグループ、ボーダフォン、ペプシなど、世界の大企業にインド人トップが増えてきた結果である。

 日本はどうか。インドからのIT輸出に占める日本向けの比率はわずか3%。中国人は雇っても、インド人を本社採用している日本企業は皆無に近い。インドからの留学生もたった500人と、中国の7万人と比較するまでもなく、ネパールやスリランカの半分以下に過ぎない。在日インド人との交流も限られている。

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 もともとインド人の日本に対する印象はよく、留学生の大半が親日になって帰る。だが残念なことにインド人の間で日本専門家の成功例が少ないため、それが留学生数に反映し、日本企業のインドでの苦戦とインド人採用の伸び悩みという悪循環につながる。シン現首相から7年ほど前に聞いた話だが変わっていない。

 これまで日本企業は、20年前に成功した「東南アジア」の延長でインドをとらえることが多かった。つまり「頭脳」としてではなく「労働力」として見ているのだ。ある親日家の元インド高官は「日本人が所得をもとにその国民の知的水準を測るのに対して、インド人エリートは英語力でまず相手の能力を見る。これが日印間の心理的ギャップを生んでいる」と指摘する。

 日本人だけでやっているので情報も偏りがちで、ビジネスなどの失敗が「インドのせい」で片付いていることも多い。それに比べ「インドに不満はない、郷に入っては郷に従え」と、現地で成功する韓国のビジネス団体から聞いた。

 超エリート校インド工科大(IIT)デリー校のモマヤ教授によると、同校には毎年50近い使節団が日本から来るが、何か始まったという例はほとんどない。欧米や韓国の使節団ははるかに少ないがラボの設置、共同研究、卒業生採用など着実に成果を残していく。

 フォローアップのない調査団ばかり送ってくる国という評判がインドのあちこちで定着している日本には、実はIIT卒のインド人だけで200人もいる。ほとんどは非日系企業勤務で、シティバンクが日本法人のトップとして送り込んだ人材も含まれるが、彼らと情報交換することが先決ではないか。

 10年前の映画もそうだが、これまでの「インド・ブーム」は長続きしていない。「未知のもの」への好奇心が先行する一方、人の交流が伴わないからだ。

 最近になってようやく、日本でも双方向の人的交流活性化を予期させる話が増えてきた。昨年は、8月の安倍首相訪印時の「日印学長懇談会」、9月の東京・代々木公園の「ナマステ・インディア」の催し、11月のIIT卒業生による日本同窓会と相次ぎ、姉妹都市協定を結ぶ自治体も福岡、岡山県などが横浜市に続く。日印企業間のインターン交流計画も進む。こうした動きを大きなうねりにすることが大事だ。

 人と人の交流を深めることは、対中国を念頭にした意図的なインド接近と比べはるかに正常なもので、それだけに持続可能なものとなりうる。世界のIT業界でもすでに大きな影響力を持つインドは、2030年までに総人口でも中国を抜く。日本の針路を誤ってはならない。

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 (こんどうまさのり 国際基督教大上級准教授〈開発経済学、インド経済〉)

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