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 一線から
AANの研究チームが、取材・調査の過程で直面したこと、考えたことなどを、随時リポートします
熱帯における保護地域:ラオスの村から
井上真
「アジアの環境と開発」研究チーム

2002年12月にラオス南部の国家生物多様性保護地域(NBCA)の中にあるK村を訪れた。ラオスは日本の本州とほぼ同じ面積の国土に480万人の人が住む、メコン川沿いの細長い内陸国である。私は1992年以来しばしばこの国を訪れている。

今回は私の研究仲間である百村帝彦氏(地球環境戦略研究機関研究員)に彼の調査地を案内してもらった。まずは、首都ビエンチャンから自動車で舗装された国道を8時間あまり南下すると、県都サワンナケートに着く。メコン川の対岸にはタイの街ムクダハーンの高いビルが見える。対照的にこちらのサワンナケート側には3階建てより高いビルはない(本当かどうかは定かではないが)。とにかく、静かな県都である。ここで一泊し、未舗装の道路を自動車で4時間ほど走るとK村である。

ラオスの民族は大きく3つに分けられる。低地で水田耕作を営むラオ・ルム(低地ラオ人)、斜面で焼畑農業を営むラオ・トゥン(中高地ラオ人)、山地でケシ(阿片の原料)などを栽培するラオ・スン(高地ラオ人)である。この村にはラオ・トゥンの一種であるブル人が住んでいる。宗教的には精霊信仰であり、村の近くにはギアン・ホーと呼ばれる精霊の森がある。

この村の人々は、かつては焼畑農業を営んでいたが、ベトナムからの技術指導があり、1980年中頃までにほとんどの人が天水田(灌漑用水路がなく雨水に頼る水田)による餅米生産を導入していた。現在では、川沿いの平地に集落があり、その上流と下流に天水田が広がっている。

天水田の景観は特徴的である。天水田の中に何本も樹木が立っているのである。これは、もともと森だった場所を伐り開いて天水田を作ったことを考えると納得がいく。つまり、樹脂が採れる木などをそのまま残して利用しているのである。このような土地はタイの東北部からラオスにかけて広がっており、日本人のタイ地域研究者たちは「産米林」と呼んでいる。「米を産出する林」とはまさに言い得て妙である。

K村の産米林にはニャーン(Dipterocarpus alatus)の大木が多い。人々はこの木の幹に穴をあけ、そこに溜まる液状の樹脂を採っている。この樹脂を枯れた木の木屑に混ぜ、それをニャーンの葉で包むとカボンと呼ばれる松明ができあがる。電気のない山間部のK村では、夜の灯りとして現在でもカボンが使用されている。そればかりではない。カボン(松明)は特に貧困層の収入源として重要である。人々はカボンやタケノコを持って徒歩3時間で山向こうのS村へ行く。S村の親類や友人たちが、これらの森林産物を買ってくれるのである。

このようなK村を含む一帯(106,000ha)が国家生物多様性保護地域(NBCA)に指定されたのは1993年であった。ラオスでは保護地域が完全保護地域(いわゆるコアゾーン)と利用制限地域(いわゆるバッファーゾーン)とに区分されることになっている。前者は生物多様性が高い地域であり、地域住民による利用はかなり厳しく規制される。焼畑農業はもちろん禁止である。これに対して、前者の隣接地と周辺地域である後者では、制限付きで住民による利用が認められている。しかし、前者の場合であっても、自家消費に限って枯れ木を伐って利用しても良いし、レジンや竹などの非木材森林産物(NTFP)ならば、自家消費のみならず販売も認められている。

さて、K村の人々が国家生物多様性保護地域(NBCA)の指定について知ったのは1998年である。指定されてから5年も経っている。保護地域の設定が中央政府の机上のみでなされたことがよくわかる。しかし、ラオスの地方政府の財政難およびスタッフ不足を考えると、それも仕方なく思えてくる。中央政府のスタッフの話では、全国の国家生物多様性保護地域(NBCA)のうち、二類型への区分を実施できたのはオランダの支援によるプロジェクトの対象地だけである。他の国家生物多様性保護地域(NBCA)には完全保護地域しか存在しない。これでは、地域住民の生活がかなり圧迫されてしまうと心配するのが人情であるが、どうやらそれは取り越し苦労であろう。何故ならば、そもそも監視するための人員も資金も足りないから詳細な利用区分ができないでいるのだから....

結局、現在までのところ地域住民、特に貧困層の人々にとって国家生物多様性保護地域(NBCA)への指定による悪影響はほとんどないと言ってよい。むしろ、村の有力者たちへの影響の方が大きいようだ。金儲けがしにくくなったのである。つまり、森から売れる木を切り出して仲買人などへ販売することができなくなった。そこで、ある有力者は代わりの現金収入源として小川をせき止めて養魚池を作った。川は村人みんなのもので、水浴びや炊事に欠かせない大切なコモンズであるはずなのに....

現在、サワンナケート県の政府はこの国家生物多様性保護地域(NBCA)をフィールドとするエコ・ツアーを推進しようとしている。たしかに、保護地域の管理と地域住民の生活保障の双方を同時に達成する手段として、エコ・ツアーは有効な方法の一つであろう。しかし、中央政府と地方政府とのギャップ、そして地方政府と現場の村とのギャップがあまりにも大きい現状を目のあたりにすると、利害関係者(ステークホルダー)たちがかなり本気で取り組まないとエコ・ツアーはうまくいかないと思う。

資金獲得のために国際協力の流行に乗ることを私は否定しない。しかし、忘れてならないのは足元をしっかりと固める努力を並行して実施することである。具体的には、地域の人々と役人が顔を合わせて話し合い、政策について議論し、土地や森の使い方を決め、計画を立てて実施することである。このような地道な努力の積み重ねが有効な森林保全のほとんど唯一の方法なのである。大量な資金の投入ではなく、地域の人々と役人とを結びつけるような役割を果たす外国のNGOの存在意義がここにある。私がプロジェクト・リーダーを務める地球環境戦略研究機関(IGES)・森林保全プロジェクトは、研究と実践をつなぐことを意図しており、このようなNGOと同様な役割を果たすことを目標にしている。第二期の最終年度(2003年度)には、「村落行動指針」、「地方政策指針」、そして「国家政策勧告」を作成し公表する予定である。

参考文献:  百村帝彦「ラオスにおける保護地域管理政策の課題」『林業経済』 54 (12)、2001年12月

2003年1月23日
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