洪水や渇水、水汚染など、地球を覆う水の危機にどう立ち向かえばいいのか。そんな狙いで、京都や大阪市、琵琶湖畔などを会場に、3月16日から23日まで「第3回世界水フォーラム」が開かれる。フォーラムは、研究者や国連機関代表らでつくる「世界水会議」が97年から3年に1回ずつ催している。1回目はモロッコのマラケシュ、2回目はオランダのハーグであった。今回は世界から、研究者や行政担当者、企業や非政府組織(NGO)の代表ら8000人が集う予定だ。地元では展示会などさまざまな関連行事も計画されており、そちらには15万人の参加が見込まれている。
22日と23日には、京都で日本政府主催の「閣僚級会議」もある。120カ国の政府代表が意見を交わし、宣言を採択することになっている。
各種の会議や集会で取り扱われる話題は多岐に渡っている。気候変動、水供給、衛生、水質、水文化、エネルギー、農業、貧困、水紛争、資金調達などだ。それだけ問題が複雑で難しいことを物語っている。開発の著しいアジアは、貧困に苦しむアフリカと並び、とくに大きな課題を抱えている。
例えば台湾。
昨年11月に訪れた台南市では川を小舟で回って、水のあまりのどす黒さに驚いた。上流から流れ込む工場排水や生活排水のためである。岸辺にはプラスチックの廃材などが積まれ、川はごみ捨て場と化していた。
「ここをぜひ見てください」
環境問題の勉強会を続けている地元の市民グループ「台南市社区大学」の人たちからこう言われ、案内されたところは川に近い工場跡地だった。広大な敷地がさくで囲われ、「汚染区」「池で魚を捕るな」「立ち入るな」「警告」といった看板があちこちに立つ。
「水も土壌も、高濃度のダイオキシンで汚染されています」
グループのリーダー、中華医事学院副教授の黄煥彰さんは強調した。
ここは日本統治時代につくられた化学工場だった。周りには木造の日本家屋も目立つ。かつては日本人が住んでいたが、いまは地元の人が暮らす。一見、穏やかな風景だが、辺りは目に見えない汚染にさらされている。
日本の工場は台湾の石油化学会社に引き継がれ、農薬などが製造された。近年になって周囲の川が汚れたことなどから住民が騒ぎ、市が工場内を調査したところ、ダイオキシン汚染が明らかになった。工場は操業をやめたが、汚染除去はされていない。看板で危険を呼びかけるのはよほどのことなのだろう。
「ダイオキシンが土壌から地下水にしみ込み、川を汚染している恐れがあります。この付近の人々は近くの川や海で魚を捕っているので、心配です」と黄さんは言った。舟から見たどす黒い川もおそらくダイオキシンで汚染されているだろう。
台北では、環境問題を研究しているNG0の「看守台湾協会」のリーダー、鄭益明さんからこう聞いた。
「台南はとくに汚染のひどいところです。でも、不安は各地にあります。ごみ焼却場からはダイオキシンが吐き出されています。それは焼却灰にも含まれています。灰から汚染物質が地下水にしみ込んでいないか、心配です」
台湾取材は、12月のアジアネットワーク特集で報告したように、日本のカネミ油症事件そっくりの台湾版油症事件のいまの姿を見るのが目的だった。だから、水汚染についてそう詳しく取材したわけではない。だが、ちょっと見聞きしただけで、水汚染の広がりは十分に伝わってきた。
これは台湾に限った話ではない。
インドやバングラデシュでは、汚染水により胃腸病などが多発している。井戸の過剰な開発などが引き金となって、地下に眠っていた天然のヒ素が地下水に溶け出したことにより、バングラデシュでは7000人以上が亡くなり、インドでは600万人以上が汚染の脅威にさらされている(水フォーラム事務局が作った資料「世界の水と日本」)。
世界では子どもたちが8秒に1人ずつ水関連の病気で死亡している。発展途上国における病気の80%は原因が汚水だとも言われている。
問題は汚染ばかりではない。長江やガンジス川、メコン川ではしばしば大規模な洪水に襲われ、一方で中国やインドの乾燥地では恒常的な水不足に悩まされている。水不足や洪水、水汚染。この3つに共通しているのは、近代に入ってからの人口増や過剰開発が背景にあることだ。それに地球温暖化などの気候変動が加わって、事態をいっそう深刻にしている。石油を争った20世紀に対比して、21世紀は「水の世紀」だという言い方が最近、よく使われる。それは正しく言うと、「水危機の世紀」なのである。これにどう対処するか。世界はいま問われている。
会議をすれば、問題が解決するわけではない。しかし、各地の人々が問題を共有し、知恵を出し合う機会を持つことは望ましい。日本には不幸にして、水俣病に代表されるような水汚染の歴史がある。私たちはそうした負の遺産を伝え、世界に伝える責任がある。水フォーラムはその好機でもある。特効薬はないにしても、近代の歩みを問い直し、「水の惑星」を救う手だてを模索しなければならない、と改めて思う。