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 一線から
AANの研究チームが、取材・調査の過程で直面したこと、考えたことなどを、随時リポートします
豊郷小学校保存運動にみる環境運動の新しい展開
大島堅一
「アジアの開発と環境」研究チーム

鉄筋コンクリート2階建て、校舎の中央部は3階建てでその部分は音楽堂。音楽堂にはステージがあり、階段にはイソップ童話「ウサギとカメ」の装飾品(写真は下記URL参照)。校舎正面左手には地域の人も利用するアールデコ調の図書館、右手には600席の固定椅子を備える講堂。校舎の正面には銀杏並木と実習農場。裏側には200メートルトラックに、プール、テニスコート、バスケットコートを備える。これが滋賀県犬上郡豊郷町立豊郷小学校だ。

2003年2月16日、日本環境会議・環境再生政策研究会が主催する豊郷小学校の現地調査に参加した。主催者、住民の粘り強い交渉にもかかわらず町側の許可が出なかったため校舎内部を見ることはできなかったが、小学校とはとても思えない大変おもむきのある建物だった。

豊郷小学校は、1937年(昭和12年)に当時の建築技術の粋を集めて建設された。設計は神戸女学院大学、関西学院大学などの設計で知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズ、施工は竹中工務店が担当した。建設費用、設備費用は当時のお金で合計約60万円、郷土出身で丸紅商店(現在の総合商社「丸紅」)専務の古川鉄治郎氏が全額まかなった。60万円は、当時の古川氏の財産の3分の2にあたる。昭和初期の大阪城天守閣の再建費用がが約50万円だったというから、この金額がいかに巨額であったかが想像できよう。当時の校長は完成式の挨拶の際、感謝の涙あるのみであったという。

この小学校の解体・改築問題をめぐって豊郷町が揺れている。日本環境会議がこの地で現地調査とシンポジウムの開催を企画したのも、豊郷町が日本の街づくりや景観保全にとって重要な教訓となると考えてのことだ。

町民の願いは、豊郷小学校の全体を解体せずに保存し、校舎として利用することである。町民は古川鉄治郎が残した小学校に愛着と誇りを抱いている。1999年2月に町が公表した「教育施設整備に関するアンケート調査結果」でも、「現在の校舎及び付属建物に耐震補強を加えて、大規模改修する」と答えた町民は44.95%を占め、「現在の校舎及び付属物を一部残し、新校舎を建築する」、つまり解体・新校舎建設方針の町民は5.71%に過ぎなかった。

ところが、1999年に大野和三郎氏が僅差で町長になると、町側は態度を一転、現校舎解体・新校舎建設の方針を打ち出した。町議会も町長の方針を賛成多数で承認、予算も議決された。これに対し、反対側住民は粘り強い運動を展開したが、町は方針を変更せず、解体準備を進めていった。

住民側はこのとき機敏に動いた。2001年10月に「豊郷小学校の歴史と未来を考える会」を発足、2001年12月12日には、大津地方裁判所に対して「豊郷小学校講堂解体工事差し止めを求める仮処分申請」を行い、翌2002年1月24日に仮処分決定が下された。町側は異議申し立てを行ったものの、地裁で異議申し立ては却下された。地裁の判断を不服として町側は高裁に控訴したが、町側は解体方針を転換し講堂保存は決まった。

こうして講堂の解体は回避されたが、町側は校舎部分については解体方針を変えず、解体準備を行った。本校舎の解体が間近にせまっていることを察知した住民は、2002年8月22日に大津地裁に対して「校舎解体差し止めを求める仮処分申請」を行い、2002年12月19日に仮処分が決定された。仮処分がでるまでの間、議会では校舎解体、新校舎建設費予算が賛成多数で可決され、本校舎解体スケジュールが発表されていた。10月1日には小学校内の造成工事が開始され、10月18日にはプールの解体工事が開始されていた。まさにギリギリのタイミングで仮処分決定がなされたといえる。

しかし、仮処分がでたにもかかわらず、大野町長は解体方針を変更しなかった。12月20日の終業式直後、突如として解体工事が開始され、校舎付属の青年学校が解体されてしまった。同日、本校舎の解体工事も強行、窓枠を壊すなどの工事を始めた。この工事では、町長自身が陣頭指揮をとったとされている。解体差し止め仮処分が裁判所によって出されている以上、こうした行為は法治国家にはありえない。そもそも行政の長が司法の判断に逆らうことは法治国家では考えられない行為だ。(大野町長は住民により建造物損壊罪で滋賀県警に告訴・告発された。)

反対側住民は、校舎に立てこもって解体工事再開を阻止、12月24日にはついに町長側も保存の方針を明らかにした。国でも県でもなく、まさに町民が小学校を解体から守ったのである。とはいえ、町長は新校舎の建設を諦めてはいない。現校舎は文化財として残すだけで、小学校としては使わないという方針である。

豊郷小学校の校舎は、補修を行えば耐震性に問題がないと日本建築学会も指摘している。解体し使用しない理由が、老朽化して危険であるということであったから、新校舎を建設する理由はもはや無い。歴史的価値を有する豊郷小学校は、地域の子供たちを迎える教育施設としてこれからも受け継いでいくべきだ。

町民側は、町政を変えるリコール投票にまで運動を高めていった。リコールをもとめる署名は、縦覧手続きをとるため氏名が公表される。狭い地域社会のなかで、2週間のうちに有権者の3分の1の署名が集まり、リコールにまで至ったことの意味は非常に重い。

理由を失っても公共事業を強行し、地域のアメニティを破壊してきた日本社会の縮図が豊郷町にはある。しかし反面、これまでにない積極的な側面もある。それは、かつての公害反対運動にもまして激しい運動が保全運動に見られるということだ。

豊郷小学校は、もちろん極めて高い歴史的価値を有しているが、建築物そのものの価値のみが重要なのではない。むしろ、三世代を通して同じ小学校を卒業し、母校を愛してやまない地域住民が生活していること、地域住民が主体となって地域環境を守っていることに大きな価値がある。豊郷の運動は、日本の環境保全運動が着実に成熟してきていることを示している。

これまでの日本経済は、地域の価値をあまりにも無視したものだったのではないか。旧いものは壊し、新しいものをつくるというまちづくりのあり方そのものの見直しが必要なのではないか。豊郷小学校は私たちに訴えかけているといえるだろう。

※豊郷小学校保存運動の経緯の詳細は、本多清春・古川博康『豊郷小学校は今』(サンライズ出版)、古川博康編『豊郷小学校の歴史と人びと』(豊郷小学校の歴史と未来を考える会)を参照されたい。

※リンク
豊郷小学校の歴史と未来を考える会:
http://homepage2.nifty.com/toyoshohozonkai/
 豊郷小学校保存運動についての情報が得られる。
豊郷小学校を愛するグループ 
http://www.hpmix.com/home/toyoshouaisu/AI3.htm
 豊郷小学校内部の写真がある。「ウサギとカメ」の装飾品は豊郷小学校の象徴でもある。ぜひご覧いただきたい。
みんなで考えような豊郷小学校
  http://www.1point.jp/~tete-toto/
日本環境会議 
http://www.einap.org/jec  

2003年3月7日
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