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 一線から
AANの研究チームが、取材・調査の過程で直面したこと、考えたことなどを、随時リポートします
 WTOの急進的自由化に限界
村田 泰夫
「アジアに開く日本」研究チーム 

世界貿易機関(WTO)の新ラウンド(多角的貿易交渉)で、先陣を切るはずだった農業分野での交渉がつまずいている。3月末をめざした大枠での合意に失敗して以来、打開の糸口が見つからない。

対立の構図は、はっきりしている。関税の大幅一括引き下げを迫る米国、オーストラリアなど食糧輸出大国と、大幅引き下げに反対する欧州連合(EU)、日本など輸入国の対立の溝が埋まらない。

前回のウルグアイ・ラウンドは、決着まで足かけ9年もかかった。今回は2004年末までの決着を目標にしているが、「早くても2007年末。もっとかかる」といった悲観論が流れている。交渉の難航が目立つようになった理由には、自由化の対象として取り上げる重点が工業製品から農産物やサービス、投資などに移ってきたことが響いている。自国の文化や地域社会の存亡にかかわる問題になって抵抗が強くなったのだ。

日本やEUは、農業の多面的機能を挙げて自由化に歯止めを求めている。農業には農産物を生産する本来の役割のほかに、農地を耕すことで国土の保全や自然環境の保全、美しい景観の維持など、経済外の多面的な役割を果たしているという主張である。

この主張に、関税障壁を高くすることで既得権を守る「保護主義の変種にすぎない」と米国やオーストラリアは批判する。環境保全型農業に冷ややかだった農水省や農業団体が、にわかに「多面的機能」を持ちだすことに私も違和感を抱く。しかし、「保護主義」と言い切って、簡単に片づけられなくなっているのが、現在の新ラウンドを取り巻く情勢である。

「貿易や投資の自由化が世界と自国のためになる」というWTOの掲げる自由貿易の利点に首をかしげる人々が増えてきた。世界市場を席巻する穀物、農薬、医薬品など米国を中心とする多国籍企業を利するだけだという「グローバリズム批判」が広がってきた。そうした主張に根拠がないわけではない。たとえば、知的所有権の問題だ。知的所有権を独占する先進国はその強化を主張し、途上国政府に国内での監視を求める。薬品の場合には、特許をもつ先進国企業の利益は守られるが、安く手に入れたい途上国の人々は生存を脅かされることになる。何の既得権もない人々が、WTOのルールに組み込まれると、損失を被る構図がそこにある。

急進的に自由化を進めようとすれば、かえって反作用としてグローバリズム批判に拍車をかける。しかも、「ブッシュの戦争」で鮮明になった米欧の亀裂が新ラウンドにも影を落としている。鉄鋼製品の対欧輸出をめぐってWTOが米国敗訴の報告を出した際、米国の下院議員は「WTOからの脱退」を叫んだ。米国の意のままにならない国際組織を疎む気持ちがほとばしり出たのだろう。フランスなど欧州諸国は、そうした米国の一国主義的な考え方を苦々しく思っている。

もたもたしているWTOをよそに、1990年代に入ってから二国間や地域間の自由貿易協定(FTA)の締結が増えている。現在、世界中に140件以上もある。二国間協定だと、相手国の事情に配慮して自由化を柔軟にできるのがFTA急増の一因である。実際、EUとメキシコとのFTAでは食肉、乳製品を例外扱いとするなど、農産物に配慮する規定が盛り込まれている。

多国間主義を貫いてきた日本はFTAに後れをとった。2002年になって初めてシンガポールとの間でFTAを結んだ。現在、韓国、タイ、マレーシアとの間で結べないか検討しているが、障害となるのが農業問題。関税引き下げなどで農産物の輸入が増えると、国内農業が立ちゆかなくなる懸念があるという。自由化を急進的に進めようとするWTOにはさまざまな抵抗があるが、柔軟性のあるFTAなら妥協の道を探れるかもしれない。  

2003年5月20日
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