最近、バイオマスという言葉をよく耳にする。石油からできる燃料と違って、地球温暖化をもたらす大気中の二酸化炭素を増やさず、枯渇しない生物由来の資源の総称である。日本では、山地に放置された端材や、畜産廃棄物、生ごみ、稲わらなどが代表格で、さまざまな物質源やエネルギー源として活用できる。しかし、実際にそれを動かし、循環を可能にするのは人の力である。どれくらいの努力で、どの程度のことができるのだろうか。それが知りたくて、生ごみを使って台所と農業をつなぐ取り組みを進めている山形県長井市を訪ねた。
早朝、水切りザルのついた小型バケツを持った主婦たちが、通り沿いのごみ集積所に集まってくる。設置された大型バケツのふたを開け、ザルの生ごみを放り込んでいく。サンマの頭やニンジンの皮……。前に捨てた人が何を食べたか、一目でわかってしまう。
収集された生ごみは、市の加工施設に運ばれ、たい肥に変わる。これを市内の希望する農家が購入して田畑で使用し、採れた野菜やコメを消費者が直売所などで買う。学校給食にも利用されている。まさに地域循環型のシステムで、「レインボープラン」と呼ばれる。
ただし、質のよいたい肥ができなければ、循環は瞬く間に止まってしまう。不純物が混ざらないよう、家庭での分別徹底は不可欠である。主婦の遠藤イチ子さん(70)は台所で気を遣うことが多くなったという。リンゴやミカンの皮は包丁で細かく刻み、漬物の塩をはじめ塩分の強いものは投入を避けている。もちろん、水切りは必須だ。
「やっぱり最初は、何かと面倒でした。でも、慣れてくると、誇りに思えるようになって、今では楽しみながらやってます。よその家庭では、小さな子どもさんが、生ごみにたばこの吸い殻が入っているのを見つけ、親に注意したそうです。家庭内の監視も、いい生ごみを作るための秘訣(ひけつ)です」
当初、プライバシーへの配慮から、生ごみを保水性のある紙袋に入れて、集積所に出す方法が検討された。しかし、主婦を中心に何度も話し合った結果、「人の目」を意識せざるを得ないバケツ方式を選んだ。「田舎だからできること。この方式の採用が分別のよさにつながっている」と、市の担当者はいう。
生ごみからできた、たい肥を使っている農家は、市内の農家全体の約3%にあたる50戸ほど。土づくりや農薬の使用回数などについて、市民でつくる協議会が決めた厳しい基準を満たさなければならない。レインボープランには、「安全な農作物を循環させる」という理念があるためだ。
野菜農家の結城登さん(73)は「普通のたい肥より塩分が多いため、量の調整に気を遣っている」という。「おいしい」と消費者の評判は上々だが、それに比例するように、「野菜の種類をもっと増やして」という要望も多くなった。種類を増やせば増やすほど栽培の手間がかかるが、消費者の期待を断り切れず、今では50種以上の野菜を栽培する。
価格は、スーパーに並ぶほかの産地の野菜とあまり変わらない。「本当はもっと高い値段をつけたいが、高くすると、売れ行きがすぐに悪くなる。手間の割に収入は増えないが、食べ物に関心を持つ人が増えことはいいこと。作りがいがあって、やめられないですね」と、日焼けした顔をほころばせた。
全体のコスト面はどうだろうか。01年度は、たい肥の販売収入から、生ごみの収集経費や加工施設の人件費などを差し引くと、4千万円近い赤字。生ごみのたい肥化に伴って燃えるごみの処理費は減っているため、実質的な赤字は1300万円ほどという。一世帯あたりになおすと、1400円ほどの負担である。
市の担当者は「安心して食べられる農作物が市民の健康を増進させ、それが医療費の減少につながると解釈すれば、耐えられる負担ではないでしょうか」とみている。今のところ、コスト面で、市民からの苦情はないそうだ。
レインボープランは、もともと市民からの提案がきっかけだった。全体の合意を得るために、市民でつくる委員会が300回を超える会合を重ねるなど、走り出すまでに相当な労力と時間を要した。
7年目に入った今、住民、農家、行政それぞれが、さほど背伸びをしない努力で成り立っているようにみえる。遠藤さんは「それぞれが負担した結果が、循環という形で直接目に見えるから、うまく続いているのではないでしょうか」という。
循環型社会の構築は、理念や外からの力で自然にできるものではなく、そこに住む人たちの生活や産業に何らかの変化が必要とされる。都会と違って、ほどよい規模で、人のつながりがまだ失われていない長井市のような農村都市は、そうした効果が見えやすい、循環の努力のしがいのある地域なのかもしれない。