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村尾信尚 |
私たちのチームは、これまでに霞が関の官僚の人たちに来てもらってそれぞれの考え方や思いを聞きました。「国家運営」の具体的な担い手である彼らの悩みなどを通じて、「日本人」総体の課題も浮かびあがってくるのではないか。それが狙いでした。
まず、財務省を昨年末辞職して、今年春の三重県知事選に立候補した村尾信尚(むらお・のぶたか)さんの意見から(正確には官僚OBですね)。(村尾さんのホームページはhttp://www.murao-n.net/index.html)
「デフレ、高い失業率、少子高齢化の進行、株価の低迷、国際競争力の低下、廃棄物問題の深刻化……みんなこうした状態から抜け出したい、何とかしたい、と思っているはず。私たちはつらくとも改革に乗り出さなくてはいけません。今こそ私たち自身の頭で考え、私たち自身が動く時ではないでしょうか」。HPでそう訴えた村尾さんはかつて県庁総務部長として勤務した三重県の知事選に出馬したのですが敗れました(得票は17万票)。村尾さんを紹介したのは私たちのチームの客員研究員、趙さんです。趙さんの旧友(在日朝鮮人)が村尾さんと幼なじみで、村尾さんはその人との交流を「自分の人生にとってかけがえなかった」と公言しています。どう「かけがえなかった」のか、尋ねました。
「自分の一番の友だちが理不尽な差別を受けていることを許せないと感じたし、差別を抱えている日本社会のウエットな側面が嫌だった」。日本社会を相対化する視点を育てた村尾さんは旧大蔵省時代にニューヨークで3年間勤務したり、三重県庁時代にニュージーランドの「外国人」にも開かれた行政システムを視察したりして、さらに目を広げます。そして県庁職員の国籍条項の「かなりな部分」を撤廃しました。「県民にとって、払った税金に見合ったサービスをしてくれれば県職員の国籍はどこでも関係ないはず」
村尾さんは、日本の閉塞感打開のカギは「いままでとは違った視点から考えてみること」にあると考えています。「戦後、経済大国をめざした日本が軸足を置いてきた、生産者、官、国、モノ・カネ、開発」などから、「消費者、民、地方、こころ、環境」などに。そして、「日本人」から「在日外国人」に。といっても、けして「vs」と対立関係で考えるのではなくて、「在日外国人も排除せず、在日外国人も社会作りに参加してもらう」日本社会をめざしていくことがブレイクスルーのきっかけになる、ということだと受け取めました。
理財局の国債課長も経験して、日本の深刻な財政危機をいわば肌身で実感している村尾さんは(財政危機についての専門家としての見解はhttp://www.iijnet.or.jp/JRRG/j/report/14_05_21.html)、「中央の官僚たちも日本の現状をなんとかしたいと考えているのだが、個人としての無力感が先に立ち、結果として動かない」と、OBならではの霞が関の空気を話してくれました。
アジアでのFTA(自由貿易協定)について聞いた経済産業省のAさんは30歳代後半の課長補佐。「経産省で最も働く」と言われてきた世代です。Aさんは「自分たちは規制緩和世代、市場万能主義の世代だから、官僚があまり動かないことが日本のためになるんじゃないか、という戸惑いもないわけじゃない」と語り、そのうえで、経済官僚としてアジアにかかわっていく決意について、こう強調しました。
「日本の経済構造を改革していかねばならないことはだれの目にも明らかだが、それは国内改革だけではできない。たとえば改革の痛みを和らげるために市場を(日本以外の)アジアに求めなければならない。事実上の経済統合がアジアとの間で進んでいる。それをもっとスムーズにするためには共通のルール作りが必要だ。それはおそらく官僚の仕事です」
FTAというのは、いわば国境の壁を低くして、モノ、カネ、ヒトの出入りをできるだけ自由にすることです。「中国とのFTA」について、Aさんはこんな戸惑いも示しました。「FTAというのは、たとえて言えば同棲相手に自分の家の鍵を預けることができるのかということ。政治体制の違う中国に対してそれは可能かという点については経産省でも結論は出ていない」。Aさんは、アジア経済統合を国内対策と絡める政策について「自分で絵を描く余地がある」と話しました。日本政府としてこれまで手つかずだった、という意味ですが、これからの仕事だからこそ手探りで答えを探すことが多くなるのでしょう。
外務省で主に対中外交に携わっていた40歳代の課長、Bさんは、その中国について、ことに戦後の日本人は「どう位置づければいいか、どうつきあっていけばいいのか、きちんと議論してこなかった」と見ます。折から中国側からすれば「反日感情」、日本の側も中国に対して複雑な視線が芽ばえています。感情同士がぶつかり合う不幸な展開を避けるためには「お互いが双方の国益をすり合わせるしかない」。「国益」って具体的に何でしょうか、と客員研究員の佐藤さんが尋ねました。
Bさんは少し考えて、「日本の国民の安全が確保され、経済的な繁栄が可能になること、ですね」と答えました。そして「これからは国益と国際社会益とがかなり合致していくのでしょうが」と付け加えました。
「安全と繁栄」を手にするために、日本人はこれからどうすればいいのかと、シンプルに考えてみればいいのかもしれません。そうすれば、「開く」という道、いえ「開かざるを得ない」という道筋が自ずと浮かびあがってくると思います。なぜならAさんの言うように、日本の改革はもはや国内改革だけでは不可能だから。あるいは、たとえばアジアとの経済統合を加速させることで、改革をスムーズに進めることができる可能性が見えているから。だから「在日外国人が増えると安全が脅かされる」という思い込みの前に必要なのは、「在日外国人が増えても安全が脅かされない状況を、どうやって作ればいいか」考えることなのでしょう。
Bさんは言いました。「中国だけでなく、広くアジアとのつきあい方をどうするか。そしてアメリカとどう向き合うか。何が一体国益なのか。どんな外交が必要なのか。こうした事柄についてもっともっと国民あげての議論が必要な時だと思う。具体的には国会で論戦をもっと戦わせるべきだ。こうした事についてはやはり官僚には限界がある。政治家がイニシアチブを取って、徹底的に国のあり方を考える時だ」
アジアに開くためにどうすればいいか。日本の国のありようの、どこをどう変えていけばいいのか。「政治家」のみならず、きっと日本人一人ひとりが考えるべき時なのでしょう。