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一線から
AANの研究チームが、取材・調査の過程で直面したこと、考えたことなどを、随時リポートします
新たな関係構築への期待と不安

--------(日中国際シンポジウム報告)

園田 茂人
中央大学教授 (元AAN客員研究員)

園田茂人

2週間ほど前になりますが、2004年の5月24日に、私の本務校である中央大学の主催で、日中国際シンポジウム「日中関係の協調的発展をめざして」が開かれました。日中関係発展研究センター設立準備会の、いわばお披露目会のようなイベントだったのですが、AANの後援を受けたこともあって、250名を超える聴衆が集まり、盛会裏に終わりました。

基調講演者3名、パネリスト4名、特別講演者1名と、多くの方が登壇され、それぞれにユニークな見解を披瀝されたので、討論の内容を簡単に要約することはできません。しかし、登壇者の発言には一種の「通奏低音」があったように思います。私はこれを、「新たな日中関係構築への期待と不安」と表現できるのではないか、と考えています。

基調講演のトップバッターとして登壇した猪口孝・東大教授は、ここ十年の日中の経済的な結びつきは瞠目に値すると述べ、政治的にぎくしゃくしつつも、両国間で決定的な対立にまで繋がっていない事実を重視すべきだ、とされました。楊振亜・元中国駐日大使も、国交回復後の日中関係を回顧する中で、文化交流の増進や共同利害の拡大が着実に進んできたと指摘し、アジアの発展と安定のために今後も日中の協調的関係が必要だとされました。最後に講演した入江昭・ハーヴァード大学教授は、主権国家以外のアクターが国家の暴走を止める機能を果たしうるとした上で、「日中が協力して地域共同体を作れないわけがない」と断じました。口調や指摘する事実は異なるものの、今後、日中がグローバル化の中でより緊密な関係を構築する必要があると考えている点で―そして、これが不可能だと考えていない点で―、三者の意見は同じだったようです。

しかし、その論点を比較してみると、関係構築が決して容易な作業でないことがわかります。

たとえば、入江教授が比較的楽観的だったのに対して、猪口教授は、日中間の関係はNATOのようだ、No Action, Talk Onlyで、互いに問題を政策化してゆく力が弱いとし、両国とも国際社会へ貢献しうる人材の育成が急務であると指摘しました。

また、猪口教授は、「日本と中国は、アメリカのハンチントン教授のように、『われわれは誰だ?(Who are we?)』と問う必要はない」と指摘し、楊元大使は、「日本の友人は、台湾の独立への企てに協力しないでほしい」と注文をつけましたが、「われわれは誰だ?」と問い始めた台湾をめぐって、今後日中がどのような協力関係を築けるかについては、依然不透明なままです。

第二部のパネルディスカションでは、この「期待と不安」をめぐる論点が一層明らかになりました。

毛里和子・早大教授は、入江教授が指摘した「主権国家以外のアクター」の誕生、とりわけ中国における市民社会の台頭と多元化の進行が、生々しい世論がぶつかり合い、慎重なハンドルさばきが必要とされる不安定な日中関係を生み出しつつあると述べ、国分良成・慶大教授は、巨大で多元的な中国の存在が東アジア共同体の成立をむずかしくしていると指摘しました。李廷江・中大教授は「日中双方は狭隘なナショナリズムを乗り越えねばならない」と主張したのに対して、私は、「一見、順調に進んでいるとされる日中の経済協力関係も、内部では多くの誤解や摩擦を抱えており、決して一方向的に相互理解が進むと考えない方がよい」と述べました。

「政冷経熱」と表される現在の日中関係が、悲観と楽観が交錯する中に置かれていることが、パネリストのさまざまな発言から浮き彫りになったといったよいでしょう。

特別講演での高村正彦・日中友好議員連盟会長のスピーチは、その意味でも、示唆に富むものでした。

1998年、江沢民国家主席が来日した際、行く先々で歴史問題を持ち出し、日本で嫌中感が拡がったのは記憶に新しいところですが、当時外務大臣であった高村会長によれば、同年、江沢民国家主席より先に日本にやってきた韓国の金大中大統領は、「未来の日韓関係に目を向けよう」と何度もメッセージを出してきたため、日韓共同宣言で歴史問題への言及ができたのに対して、中国はこうしたアクションを起こさなかったため、「歴史問題にいったん言及してしまえば、中国側からの要求はさらにエスカレートするのではないか」と日本側が疑心暗鬼になってしまい、結果的に日中共同宣言で歴史問題に言及ができなくなってしまったと、ストレートに述べていました。新たな日中関係構築への意志があったのに、最終的には不信感が払拭され切れなかった、というわけです。

夫婦、友人、国家、おおよそあらゆる関係は新たな局面を迎えた時、期待と不安が同居し、交錯する状況が生まれます。日中関係も、その例外ではありません。

歴史的に見て、これほど大量の日本人と中国人が出会い、政治的、経済的に結びついている時期は他にありません。こうした未曾有の時代にあって、望ましい日中関係を構想することは、重要な知的課題であるはずです。

今回の日中国際シンポジウムは、こうした課題の重要性を再認識することができた点に、最大の意義があったようです。


2004年6月7日
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