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研究の過程で考えたことなどを随時リポート 揺れる北海道の農業―生産現場を訪ねて李 知娟(イ・ジーヨン) 2007年07月27日
7月中旬、交渉中の日豪経済連携協定(EPA)が一番影響を与えそうな北海道の、帯広周辺の農村を訪ねてみた。地平線まで続くジャガイモの花や小麦の穂はまさに北海道の農業。日本のほかの地域と比べると、北海道は一戸当たりの平均経営面積が17.2haと大規模で機械化された生産性の高い農業経営といわれる。しかも帯広がある十勝支庁は38haだが、オーストラリアの一戸当たり平均経営面積は3,385haとおよそ100倍で大きな差がある。またオーストラリアからの輸入農産物が北海道のものとかなり重なりそうで、北海道の農民たちの間には不安が高まっている。 ◇ 午前11時、トマトハウスでわき芽をとっていた澤英治さん(48)の携帯がなった。メール着信の音。トマトを出荷している近所の直売所、「JAめむろ・ファーマーズマーケット・愛采屋」から送られてきたものだ。「桃太郎トマト(澤英治)4個」。一日に2回携帯メールと、1回のファックスで、直売所で自分の野菜がいまどれだけ残っているかを知らせてくる。採れたてのトマトを車に載せて急いで直売所に向かう澤さん。着いて見るとトマトはもうなくなっている。棚にトマトを並べる澤さんの手さばきは機敏だ。
ファーマーズマーケットがオープンしたのは平成6年。帯広の西20キロ余りの芽室町で6軒の農家が集まって、自分が作った農産物を地元の人たちに味わってもらおうと、無人店舗から始めた。その中で旗振り役だった山上美樹彦さん(52)(現在愛采屋の運営総括責任者)は「夢が叶った」という。愛采屋に参加している農家は現在97軒で、芽室農協も何年か前から協力している。4年前トマトやごぼう、にんじんなどを愛采屋出に出し始めた澤さんは、「以前農協やデパートに出していたときは面白みがあまりなかった」という。まだ熟してない青いトマトを倉庫に一週間置いてから出荷する仕組みでは顧客の反応が分かりにくいし、デパート側でも顧客の声に関心がなかったのだ。しかし、「愛采屋に出してからは消費者の声を直接聞く事ができてやりがいがある」という。よりおいしいトマトを出すために色々工夫し、「また来年からはハウスを二棟増やすつもり」と、微笑んでいる。採ってからすぐ直売所に出すから新鮮、流通費が要らないので安いし、熟してから採るのでおいしい。この日愛采屋に訪れた橋本みや子さんは「澤さんのトマトは朝早く来ないと売り切れになってしまうことが多いけど、今日はラッキー」と喜んでいた。何より誰がどうやって栽培しているかが分かるから安心して食べられる。地産地消の実践で生産者も消費者も得をしているのだ。 愛采屋の前には緑提灯が掛かっている。緑提灯には「地場産品応援の店」と書いてある。その地域で生産された農産物を扱っている店を応援する提灯でその色は自然を表す緑だ。緑提灯の店は全国で12箇所、北海道に7箇所がある。緑提灯がかかっているだけで消費者は安心してまたその地域の農産物を楽しむことができる。生産者と消費者とのつながりのようなものだ。 全世界でFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)の動きが急拡大し、7月半ばのWTO総会では農産物で除外品目数を減らすなど、日本の農業を巡る状況は厳しくなる一方である。しかし、愛采屋のように地産地消を生かしたところではEPAの影響を小さく抑えることができると思われる。 ◇ とはいえ、北海道を代表する酪農やジャガイモなどの主力産地の表情は必ずしも明るくはない。日本政府は2007年4月、オーストラリアとのEPA交渉の一次会合を終えて、参議院選挙後、2次会合に入る予定である。オーストラリアの関心品目は牛肉、乳製品、小麦、砂糖などの農産物で大体北海道の農産物との競合が予想される。十勝の清水町で乳牛を飼っている深沼祐二さん(46)は「値上がりした飼料費と石油の価格高騰、また設備のための借金で、現在でも経営はかなり苦しい状況だ」という。そのうえ、オーストラリアから安い乳製品が入ってきたり、補助金をもらえないと今よりもっと経営が厳しくなるだろう。「これからは大規模のところしか残らないかも…」と言葉を濁す。 農林水産省は農業の効率性を高めるため、「品目横断安定対策」を2007年から施行中だ。農業者の数が急速に減り、高齢化も進む。国際ルールが強化されているWTOの農業交渉の中で、意欲と能力がある担い手が中心となる農業構造を確立するという目標で立てた政策だ。経営面積が大きいか、あるいは効率性が高い農家を担い手と認定、その農家に支援をするという方向で、農家規模の拡大を目指している。しかし、100haの農地を耕作している尾藤光一さん(43)は「品目横断安定対策の枠に自分の生産量を当てはめたら、むしろ補助金が減った」という。 支援の対象は、都府県では4ha、 北海道では10ha以上の耕作面積を経営、また20ha以上の集落営農組織を経営する農家である。支援の内容は二つの補填に分かれてあるが、そのひとつは諸外国との生産条件格差から生じる不利を補正するための補填である。対象品目は麦、大豆、てん采、でん粉原料用ばれいしょで、主に北海道の主要農産物が対象になる。補填は担い手の生産コストのうち、販売収入では賄えない部分。しかし、生産者ごとの過去の生産実績に基づく支払いということで、たまたま去年の生産量が悪かったため、担い手農家の中でもその補填金は7〜10%減る人もいるそうだ。それでは担い手育成にならない。 戦後農民層を支持基盤にしてきた自民党は、今その支持層に厳しい改革のメスを入れても、より効率が高い農業を目指そうしている。「守りの農業ではなく、攻めの農業」がいまの自民党の農業対策のモットーになっている。自由貿易が強調されるなかで農業も他の産業のような効率性が求められている。市場主義と弱肉強食の国際経済環境下では政治は必ずしも旧来型の農業の守り手ではありえない時代だ。多くの農家が保護の網からこぼれる可能性がますます高まっている。 こうした「北風」が強まる中、農家の間に前向きの精神が芽生えている。政府に頼るよりは、質、価格、食の安全で消費者にアピールする動きが始まっている。芽室のファーマーズマーケットはこうした動きのひとつだ。価格だけでは安い外国の農産物と競争できないが、消費者は価格だけではなく、食の安全を求めている。「農産物を買うのも一種の投票です」と尾藤さんはいう。消費者はいい品物を選ぶ知恵と能力が求められている。 もうひとつ、農産物は工業製品と違って土地と密接な関係を持っているという面も考える必要がある。大規模の経営の農家を支援して効率性を高めるのは国際競争で勝ち残るためは望ましいことだが、農業を止める人を増やし、農村の過疎化に拍車をかける恐れもあるのだ。今まで農村を守ってきた人に、また農村に戻りたいという人に、より住みやすい農村、より魅力的な農村の姿を残すためには工業製品を生み出す地域に対する政策とは違う多角的な観点からの政策が必要ではないかと思う。 |