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年間リポート:2001リポート
「北東アジアの安定と発展」と「アジアの人流新時代」をテーマにした2年目の総合的研究
「歴史の教訓」で信頼得るドイツ

 日本は戦後55年たった今なお「過去」の問題を 引きずっている。日朝国交正常化交渉で、それは高いハ ードルであり、韓国とは1998年の日韓首脳共同宣言 で「和解」を盛り込んだものの、火種が消えたわけでは ない。中国はたびたび「歴史カード」を切る。一方、ド イツは「歴史カードを使われたことはない(ツァイト」 紙のテオ・ゾンマー共同発行人)という。日本とドイツ はどこが違うのか。

 「30年前のブラント首相の歴史的な訪問を思い起こ したい」

 2000年12月6日、ポーランドの首都ワルシャワ を訪れたシュレーダー・ドイツ首相は、国会演説でそう 切り出した。

 30年前の12月。まだ冷戦のさなか、ブラント西独 首相はワルシャワを訪れ、国交正常化条約を結んだ。首 相はユダヤ人ゲットー(居住区)跡の慰霊碑にひざまず き、うなだれた。ドイツが罪を認めた。その象徴的な姿 は、ポーランドだけでなく、世界に衝撃を与えた。首相の腹心だったエゴン・バール元連邦議員が明かす。

 「事前の計画になかった。その夜、私が『すごいジェ スチャーでしたね』と言ったら、ブラントは『花の贈呈 だけでは足りないという気持ちだった』と答えた。欧州 では約1000年前から、ひざまずくことは謝罪を表す最も強 い表現なのです」

 第2次世界大戦中、ドイツはポーランドを侵略し、ユ ダヤ人300万人を含むポーランド人600万人を犠牲にした。

 ドイツの「謝罪」は今も繰り返されている。両国の首 脳や閣僚会談のたびに、必ずといっていいほど「歴史 の記憶」に触れ、謝罪する。

 今回もシュレーダー首相は演説後、ゲットー跡に寄っ た。ひざまずく姿を刻んだブラント記念碑の除幕のため だった。

 「ドイツが何度も自ら謝罪するから、ポーランドがそ れを求める必要はない」と、どのポーランド人も言う。

 そこまでいって初めて「歴史カード」は姿を消す。 「共同宣言で首相が謝り『和解』も盛り込んだ。一件 落着」と考えるのは早計だろう。

 言葉やジェスチャーを裏打ちする行動も重要だ。

 ドイツ北部のブラウンシュバイク市にあるゲオルク・ エッカート国際教科書研究所には、世界百カ国以上の約 16万冊の歴史・地理・政治の教科書が集められている。

 この研究所を創設したエッカート氏の働きかけで、72年から両国の歴史学者が「歴史教科書対話」を続けて いる。歴史教科書に潜みがちな「ナショナリズムによる ゆがみ」を、対話により直そうという試みだ。戦後すぐ に始まったドイツとフランスの教科書対話をモデルにした。

 76年に26項目の勧告がまとめられ、多くの教科 書に反映された「今は両国の歴史の交錯点の教師用ハ ンドブックを作っている。2005年までに約15冊完 成する」と同研究所員は言う。

 青少年の交流も60年代から始まった独仏モデルにな らって、92年から本格化した「ユーゲント・ベル ク」という支援組織をつくり、両国の青少年の合同キャ ンプ、会議、調査などに資金を出す。この企画で国境を 越えた青少年は、1999年1年間で13万人に達した という。

 日韓間では、両政府の委嘱で「日韓歴史研究促進に関 する共同委員会」が九七年に発足し、2000年5月に最終報告を出したが「日韓歴史研究会議の設置」の提 案などにとどまっている。青少年交流もドイツと比べた らまだ希薄だ。

 注目すべきなのは、ドイツのこうした姿勢が、周辺国 の信頼感を醸成し、発言力の強化につながり「欧州統 合」でのイニシアチブ発揮を可能にしていることだ。

 日本とドイツとでは、地政学的にも歴史の内容にも違 いはある。だが、朝鮮半島やアジアの安定にどう貢献す るかという課題を考えると「負の遺産」に正面から向 き合うことで外交の主体性を手にしつつあるドイツの例 は、参考になるのではないか。

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