中国は大きく変わった。そして更に大きく変わりつつある。
大躍進、文化大革命の時代と比べてはもとより、天安門事件後と比べても、今日の中国は大きな変化を遂げている。そして、WTO加入、指導者の交代を経て、これからの中国はさらに大きく変わろうとしている。中国をめぐる国際関係も大きく変わった。
最も基本的な変化はソ連という脅威が後退したことである。90年代に中国は周囲の国々と国境問題を一応解決した。建国以来初めてなんとか平和的な国際環境に恵まれるようになった。今や中国を攻撃する能力のあるのは米国だけであり、米国との関係がギクシャクするのが不安定要因であったが、昨年9月11日の同時多発テロ以後は、米国とも一種の協力関係が生じている。
中国自身の変化、中国をとりまく国際関係の変化に伴い、日中関係も変化してきたし、そしてさらに変化しようとしている。その間日本の方も大きく変化して、日中関係の変化を増幅している。
そのような中国および日中関係の変化を日本人はどのように把握しているのであろうか。
大きな変化にたじろいでいるように見える。それをいろんな意味で脅威と受けとめている人も多いようだ。逆に中国が抱える大きな問題を指摘して、いずれ中国は「崩壊」すると論じることに安堵を求めている人たちもいるようだ。
そのいずれも日中関係のためにならない。今後のアジアの平和と繁栄に果たす日中関係の役割の重要さを考える場合、日本自身のためにもならない。
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私は日中国交正常化(72年9月)の直後に外務省アジア局の中国課長を務めた。当時の中国人は全員人民服を着ていて、言うことは皆同じ、教条的で別世界の人間と接触しているかのような感じであった。
それから20年後、私は駐中国大使として赴任した。{ケ小平の「南巡講話」を受け中国は改革開放の旗印の下、旺盛な経済発展を始めているところであった。「中国的特色をもつ社会主義市場経済」を標ぼうし、計画経済からの脱皮に取り組んでいるところであった。政治的統制は続いていたが、個人生活ではかなりの自由が許容されるようになっていた。二年余の在勤期間中、かなり本音の話をすることができた。
昨今の中国の変化はその比ではない。誰の目にも顕著なのは経済の発展である。
日本が対中経済協力を始めたころ(80年)、中国は外貨が底をついて、プラント契約を停止しなけれならないほどであった。
しかし、昨年のGDPは9兆5933億元(1兆1600億ドル)で、80年の21倍、ドルベースでも4倍近く増えている。
外貨準備は昨年末で2100億ドルに達している。一時減少した外国からの民間投資も最近は年間400億ドルを上回っている。更に00年には中国の企業が香港やニューヨークの証券市場で年間210億ドルもの資金調達をした。
北京や上海に林立する高層ビル、近代的空港、空港からの高速道路は訪れる人を威圧せんばかりである。最近沿岸地域の都市に立ち並ぶ個人住宅、近郊の農民の家屋も結構立派に見える。中国の一人当りGDPが未だに1000ドル以下とは信じられなく感じる。購買力平価で計算すると中国の経済は既に日本より大きくなっているというCIA報告がある。
・同居している先進工業国と最貧国
一体どうなっているのかと言う気がするが、現実には中国には先進工業国と中進国と開発途上国と最貧国が同居していると考えればわかりやすい。我々は先進工業国の中国と競争すると同時に最貧国の中国を援助すると言う複雑な関係にある。
中国経済については認識を改めなければならないと思うことが多い。例えば、
○中国は核兵器や人工衛星打ち上げ技術では以前から日本をはるかに上回っていたが、軍事技術の民間転用がうまく行かないといわれていた。しかし、最近では「長江」、「海爾」、「華為」など民生電機への技術の転換に成功した例が続出している。
○中国に企業進出しても部品の調達が困難と言われてきた。しかし、今や現地での部品調達率が高まり、珠海デルタでは部品を手早く集められることが強味にすらなっている。さらに、中国の部品輸出は急増しており、東南アジアに進出している日本企業が中国から部品を輸入することすら始まっているという。
○中国の企業は外国から輸入した技術を利用するだけで、企業内で技術開発しないと言われてきた。これも最近変わりつつある。「海爾」は数年前にカリフォルニアに開発センターを設けて注目された。私が最近訪問した「中興通迅」も国内に7カ所、米国に3カ所、韓国に1カ所研究開発センターを持っている。私営企業の「比亜迪実業」はリチウムイオン2次電池の生産で世界第4位になっているが、外国企業から技術を買うと高すぎるのでリバースエンジニアリングにより自分で技術開発したという。
○中国の方が日本より改革のスピードが早いと思われる。それは中国の政治体制の方が決定をしやすいことにもよるが、中国の若い、進歩的経営者の頭が米国的経営に切り替わっていることにもよる。
中国は改革にあたり、一部の地域で実験してみて成功すれば他の地域に拡大するという方式を取ってきた。その結果地域間の競争が激しく、地方が活性化している。何でも全国画一にやろうとして改革が進まない日本が学ぶべき点である。
○中国社会の多様性についての認識の問題もある。中国は「共産党一党独裁」の国だが、中国人の方が日本人より個人主義的ではないかと思うことがよくある。地方による特色も豊かだ。改革開放という基本路線があるかぎり、国有企業が弱っても、郷鎮企業が出てくるとか、私営企業が出てくるとか、新しいタイプの国有企業が生まれるなど、社会の新陳代謝が行なわれている。
WTO加入により最も大きな影響を受けるのは農業だろうといわれている。現に小麦、とうもろこし、大豆などは相当の打撃を受けるであろうし、農村の失業が1600万人もふえるだろうといわれている。それでも農民の中には、WTO加入を野菜果物の輸出拡大のチャンスととらえてがんばる人たちが出てきている。調子のよいときは全員が上気し、調子がわるくなると全員が意気消沈する日本と大分違う。
○中国にナショナリズムが強いことは事実であるが、外国の力を大胆に呑みこんでしまう力を持っていることも忘れてはならない。
中国はそういう歴史を持っている。旺盛な外資導入意欲もそれである。かつての日本が外国技術は導入したいが、外国投資は認めないと言っていたのと比べると大変な違いである。もちろん中国も基幹産業については外国投資を制限している。数年前までは、分野毎に外資を選別しようとしていた。しかし、地方政府は「多多ますます弁ず」の姿勢で、地方には外資アレルギーはない。どの国の企業でも中国に根を下ろせば、いずれ中国の産業になると思いこんでいるようだ。その点アメリカに似ている。
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だからといって、中国経済の前途がばら色だと見るわけにも行かない。中国経済の問題は山ほどある。今回の全人代の政府活動報告で、朱鎔基総理がそれを逐一指摘している。
よく取り上げられるのは貧富の格差の拡大傾向である。この点について、私は社会の底辺が少しずつでも向上していれば、致命的な問題にはならないと思う。金儲けができる人が続々と現れることは刺激にもなっている。昨年は農村住民の一人当り純収入が4.2%増えて、前年の増加率を上回った。しかし、地域によっては農民の収入が減っているところもある。
より深刻な問題は腐敗、汚職である。しかも地方では幹部の腐敗が貧困者の犠牲において行なわれる例が続発している。貧富の格差と腐敗が結びついた時には庶民の怒りは爆発する。
もう一つ基本的な問題がある。近年の中国の経済成長は財政刺激策によって支えられている。中国政府の債務残高は昨年末で1兆5608億元で、未だGDPの16.3%である。しかし、銀行の不良債権の後始末、年金赤字の補填、失業保険、医療保険の補填などいずれ迫ってくる国庫の負担を考えると、潜在的赤字は100%になるのではないかという推測(CIA)もある。そこで、中国は何時まで財政赤字による内需拡大を続けて行けるのかという疑問が生じる。
中国の某専門家はシミュレーションをした結果、6年間は大丈夫と言う結論に達したと答えた。たまたま08年のオリンピックの年である。それまでの間に中国経済が自立的成長の基盤を整え得るかどうかがカギとなる。WTO加入を外圧として改革を推進しようとしている中国政府の意図もここにあるように思われる。
資源・エネルギーの問題も深刻になろう。中国は既に石油の純輸入国である。中国は天然ガスが豊富だから、石炭を減らしてガスの供給を増やす努力をしている。しかし、産業が発展し国民の自動車所有が増えれば、石油の輸入需要は着々と増える。10年には400万バレル/日(年間約2億トン)の輸入を必要とするようになるだろうといわれている。そうなれば、石油の国際価格も上がり、中国のコストも上がる。
環境問題も大変だ。とりわけ、中国経済にとって最も厳しい制約になるのは水資源だろう。長江の水を黄河に引いて華北地方の水不足に対処しようとする大プロジェクトが発足しているが、それだけでは解決になるまい。
・中国人のエネルギーが活路を開く
中国経済の将来を悲観視する人たちは以上のような問題を重視する。深刻な問題には違いないが、私は何とかしのいで行くのであろうと思う。中国は10年までにGDPを00年の2倍にするという目標を掲げているが、それは達成可能であろうと思う。
そう考える理由を説明する紙面はないが、基本的には最初に述べた中国の活力である。少しでも豊かになろうと働く人が満ち溢れていることである。
我々にとって、それよりも大切なことはこれからの中国の経済発展が日本経済にとってもニューフロンティアになりうるということである。もはや高度成長の再来を望み得ない日本にとって、産業の活路が隣国に開かれようとしているのである。
それと同時に、発展する中国経済が他のアジア諸国に与えている影響にも注目する必要がある。実は中国の産業の発展により最も大きな被害を受けるのは東南アジアの国々だと思われるのだが、彼らの被害意識はさほど顕在化していない。それよりも拡大する中国市場に輸出しようという関心のほうが強いようである。
中国の方もアセアンに自由貿易協定の提案をして、彼らの関心を先取りしようとしている。同時に、メコン川流域開発に関する協力を申し出て、中国南部とインドシナ半島にまたがる経済圏構想も打ち出している。
これも中国をめぐる国際環境の変化の一つである。東南アジアの人たちは、共産主義イデオロギーの脅威のない中国であれば、中国の影響下に生きることには歴史的になれているのかもしれない。
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ここで、政治面に目を移そう。中国は依然「共産党一党独裁」の国である。しかし看板は同じでも、経営内容は相当変化している。
先ず、個人生活の自由度が格段に増えたことは疑いの余地がない。法輪功の抑圧、宗教活動の制限など行なわれていることは事実である。しかし、私が中国に住んでいた8年前と比べても今の中国の人々の日常生活は随分自由になっているし、自由に発言するようになっている。
個人生活に対する党のグリップは住宅制度と戸籍制度によるところが大きかった。以前は都市の住宅は政府や国有企業の単位によって供給されていたから、誰がどこで何をしているか把握しやすかった。農村に戸籍を有する者は許可なしには都市に移住できなかった。しかし、最近では個人が住宅を買い取ることが求められ、それを転売、賃貸することも行なわれているから、個人の生活状況を把握することが難しくなっているようだ。農村の雇用対策として戸籍制度も緩和の方向にある。こういうことが個人生活の自由度を高める原因にもなっているのであろう。
政治制度の問題として、最高指導者、国レベルの幹部の選任が国民の選択と結びついていないのは今も変わりない。しかし、多くの村では村長、村委員会は直接選挙で選ばれるようになった。県レベルの人民代表会議の議員も直接選挙で選ばれている。直接選挙といっても形ばかりだという批判もあるが、そうでない例も報道されている。直接選挙がいつ省のレベルに及ぶか、そしていずれ全人大にまで達するのか注目される。
他方、国レベルでも地方レベルでも人民代表会議が政府に対する監視の役割を高めていることも事実である。人事、立法についても往時と比べて意見を表明するように変わりつつある。
・経済発展が政治改革を引き起こす
要するに、中国の政治は一党支配の体制は変わっていないし、急に変わりそうにないが、体制内部で経済発展が必要とする政治改革を進めているのが実情であろう。換言すれば、党が変身しているのである。江沢民は「三つの代表」という考え方を示して議論を招いた。中国共産党は「先進的生産力、先進的文化、人民の根本的利益」を代表しなければならないという思想である。議論の焦点は、私営企業の経営者(いわば資本家)の共産党入党を認めるかということであった。結論としては認められることになった。
もう一つ、対外政策面で大きな変化が生じつつある。中国は主権意識の強い国と目されていたが、WTO加入により中国が自分の意思で国際秩序に自己を調整する、経済上の主権をある程度国際機関にゆだねることを決めた。これは歴史的なことである。
中国はARFに加入した時も、APECに加入した時も、受身の姿勢であった。ところが、近年積極姿勢に転じ、昨秋の上海APEC首脳会議においても中国は国際協調を基本姿勢として打ち出した。同時多発テロ後の中国の姿勢も同じ軌道にあるようだ。
国際社会から陥れられるという警戒心から、国際社会を利用するという積極マインドに変わってきていることが看取される。経済発展に伴って自信が出てきたことの反映であろう。
その自信の背景に軍事力の強化があることも否定できまい。
中国は核兵器と長距離ミサイルを持っていながら、湾岸戦争の時に米国のハイテク戦争の能力に驚がくし、またつい数年前まで、台湾有事の際制空権を持つだけの空軍能力がないと揶揄(やゆ)されてきた。しかし、その後軍の近代化と海洋権益保護のための努力が集中的に行なわれ、今では外国の侵略をはね退ける自信をもってきているように思われる。
中国が米国のミサイル防衛計画(MD)に強く反対しているのも、この自信が壊されることを恐れているからであろう。
中国は核兵器とミサイルを自主開発し、航空機、潜水艦、駆逐艦、レーダーシステム等は最新鋭のものをロシアやイスラエルなどから輸入した。日本全域がミサイルの射程に入っているのみならず、米大陸にも到達する能力(DF59、18基)を持っている。それで日本を攻撃してくると仮定すれば、大きな脅威であることは間違いないが、経済発展を至上命令とする今の中国にはその意志はないと考えてよい。ちなみに中国は核の先制使用はしないと繰り返し公言している。
中国は今年度も国防費を17.6%増大すると発表した。どこまで軍事力を拡大すれば安全と考えるのか疑いたくなるが、社会福祉面での要求も強まってくるので、国の資源を軍備に当てる能力にいずれ限界を感じるようになるであろう。
より明らかでないのは中国が「海洋権益の保護」のために何を考えているのかと言うことである。
トウ小平は「戦略的辺彊」という概念を打ち出した。それは「国家の軍事力が実際に支配している国家的利益と関係ある地理的範囲の限界」と定義されている。これは地理的には状況によって変化する概念である。中国はこれまで12カイリをもって「敵を防ぐ国門」と定めていたが、これからは「国家が直面している現実的脅威、並びに世界の海洋と宇宙空間の発展に基づいて、国門を海上300万平方キロの海洋管区区域の際まで拡大」するとしている。この海洋管区区域は排他的経済水域のことらしいが、海洋法の規定に基づいて計算すると、中国の排他的経済水域は100万平方キロ弱だというから、3倍に拡大したことになる。
日本の周辺に調査艦船が出没するのはこのような考えに基づくものか。日本が中国の軍事力強化を具体的に感じるのはこういうところにある。
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最後に、以上のような日中関係のパラダイムの変化を考えて、これからの日中関係をいかに持って行くべきか、要点をまとめてみる。
第一は真の「平等互恵」関係を樹立することである。中国は経済大国になりつつある。日本は先進工業国で中国は発展途上国という従来の考え方は捨てるべきである。対等な隣国としてつき合うことである。
その意味で中国とは本気で競争しなければならない。お互いの強味を生かしながら、それぞれが得意の分野を伸ばして、競争と共栄の道を追求すべきである。
競争は製造業ばかりではない。ソフト、SI(システム・インテグレーション)の分野でも中国は進歩している。中関村をはじめとして産学共同研究が旺盛に行なわれている。深センや東莞のような生産地にさえ、20〜30の大学が研究開発の連絡拠点を置いている。
・役割終える対中ODA
対中ODAはいずれ「卒業」の時期を迎えるであろう。それまでの間、大きな意味でお互いの利益になるプロジェクトを選んで協力するのがよい。最もよい例は環境プロジェクトである。
同時に、ODA以外に日中関係を支えるものを造り出さなければならない。要するに、お互いが友達甲斐のある存在になることである。私見としては、対中ODAは日中環境協力計画に切りかえるのがよいと思う。
第二はアジアの中の日中関係、世界の中の日中関係という考え方を従来以上に強く持つことである。経済の面でも、安全保障の面でも両国ともアジアに責任を持つ。アジアの発展のため、アジアの平和のために、両国は貢献し、自己抑制しなければならない。
アセアンは中国の自由貿易協定の提案を10年間かけて交渉すると答えるとともに、日本、韓国も含むようにボールを投げ返している。日本が中国任せにしておいてよいはずがない。
世界の中の日中関係という意味では、対米関係がもっとも重要だ。日本としては日米安保を基軸としつつも、何らかの形で中国も含めた安全保障の仕組みを追求して行くことが望ましい。
第三は相互信頼の醸成である。その基本は相互理解である。そのためには情報の流れを大幅に増やす必要がある。
中国が民主化すれば日中関係がよくなると一概に想定できない。中国の社会の底辺には長年にわたって培われた反日感情がある。民主化して、政府の統制がゆるむとそれが表面化する恐れがあることは85年に経験済みである。だから、中国の人々に今日の日本を知らせる努力は最大限行うべきである。
この点でいつも問題になるのは歴史認識の問題である。日本側ではいつまで謝ったらいいのかと言う反応が強い。しかし、過去の清算は日本自身の将来にかかわる日本人自身の問題である。中国との関係では、私は日本側から中国人に日本が過去の戦争を正当化しようとしているとか、軍事大国化を意図していると解されるようなことを言わなければ、日中関係の障害にならないと、私は考える。
最後に、前向きの意味で日中の共同の利益をアイデンティファイしそれを広げることである。最も重要なのは経済の発展と東アジアの平和、より具体的には朝鮮半島の平和である。その他密輸、麻薬、海賊対策もある。経済の面では、前述した自由貿易協定のほかに、環境や資源面での協力もある。
共通の利益をわきまえて話し合いを積み重ねてゆく過程自体に大きな意味がある。