早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の7人
日本で学ぶ留学生たちは新しい教科書をどう受け止め、日本との歴史にかかわる問題をどのように考えているか。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に籍を置くアジア、欧州、米国出身の学生7人に話し合ってもらった。
(構成・福田伸生)
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――日本のことをいつどのように教わりましたか。
サイフル・バハリ・アフマッド(マレーシア、37歳) 5、6歳のころ、日本軍占領時代の話を祖父母に聞かされた。「日本人は残酷で、日本軍が来ると村人は森へ逃げた」と。中学で、独立を結果的に早めた面はあったものの、大半は破壊だった、と教わった。
申尚穆(韓国、29歳) 日本から独立を取り戻した記念日(光復節)などに、日本の植民地支配の問題点をテレビで知った。歴史教育は中学から。韓国では近代史を重視する。文化、歴史的に友人と思っていた日本に裏切られたのはなぜかを教えられた。
畢世鴻(中国、27歳) 幼いころ、祖父母から「日本鬼子」という言葉を聞いた。残虐な日本軍という意味だ。中学で、両国間に長い交流があり、かつては日本が中国文化を取り入れたと教えられた。
エリック・ファンライン(オランダ、25歳) 昔、インドネシアにいた親せきから日本の軍政について聞かされた。学校では中学3年の時。インドネシア在住のオランダ人を日本軍が収容所へ入れた、オランダ人女性を慰安婦にした、といった史実が教科書に出てくる。
マット・バックナー(米国、22歳) 3つの情報源から日本に関する知識を得た。まず日本製のアニメや映画。次に教育。さらに親類や友人の話だ。パールハーバーやヒロシマについて学んだのは中学2年の時。高校3年で、日本から攻撃を受け、米国が宣戦布告したと教わった。
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| アジア、欧米出身の学生が集い、歴史や教科書問題を語り合った=東京都新宿区で
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――日本の同世代との差を感じたことは。
サイフル 交換留学で来日した20年前、日本の高校ではマレーシアに関し何も教えないのに驚いた。マレーシアの高校では、アジア史は必修だ。同じアジアの人間でも我々は日本について熱心に勉強し、日本人はマレーシアについて無知という気がした。
ファンライン 私の日本の友人も、戦争中、日本軍がオランダ領だったインドネシアを支配した事実を知らなかった。欧州中世史に関しては私より詳しかった。
バックナー 米国の中学、高校で学んだ限り、日本は強く危ない国と思っていた。実際に来て、この国が米国を侵略する可能性などなかった、と感じる。原爆の非合法性についても、日本人から教わった。
――いま何を考えるべきでしょうか。
秦花秀(韓国、28歳) 教科書は互いに正すべき点があろう。国民国家としての日本は揺らいでいるし、この問題が改善されなければ、韓国や中国でも反日感情がナショナリズムをかき立て、悪い方へ流れていく。
畢 「日本の植民地支配はやむを得なかった」というのでは、アジア諸国との友好に逆行する。過ちを繰り返さないための鏡としての役割を歴史は持ち得なくなる。
ファンライン ドイツの若者の歴史認識は、欧州諸国の同世代とだいたい同じだ。なぜ、日本の若者はアジアの青年たちと認識を共有できないのか。
――事態の克服に向けた提案を。
林雅偉(台湾、25歳) 国史だけ教えるのではおかしい。隣人たちが互いを知ってこそ全体像が見えてくる。
申 日韓関係において歴史問題は時限爆弾だ。いっそ50年くらい封印すべきだった。でも危機をチャンスに変えられるかもしれない。教科書や教材を一緒に作ろう、と日本が提案したらどうか。
畢 50年放っておいたら、さらに悪化しただろう。けんかになってもいいから言いたいことを言おう。
サイフル アジアの共通教科書づくりは難しい。シンガポールとマレーシアの間でも進んでいない。
秦 どうして侵略が行われたか。なぜ沖縄の人々は米軍機の騒音を耐えなければならないかといった根本的な疑問を深めることだ。
畢 大切なのは相互交流だ。中国や韓国から日本へ修学旅行生をもっと迎えたらどうか。
申 アジアでは、協力し合わなければならないという機運が生まれてきた。互いの歴史を知り理解し合うことがその支えになる。
(敬称略)