日本で、総理大臣官邸の向かいに住宅街があって、そこの家に布団干しの竿がかかっている、という光景を思い浮かべることができますか?
中国にはその光景がある。最高指導者が執務する北京の中南海という場所の西壁に面した路地で、ある晴れた日、堂々と陽に当てられている布団を評者は見たことがある。それを目にした瞬間、「中華人民共和国」を感じた気がした。まず「若い国」なのだということ、そして「平等」を旨として作られたということ。街歩きにはそんなこんなの色々な発見がある。この本は、30年余りも中国とかかわってきた、チャイナウォッチャーとして筋金入りの加藤さん(朝日新聞編集委員)が、「布団干し」とは比べものにならないほど充実した内容でまとめた、北京の街歩きでの発見と考察の記録だ。
タイトルにある「胡同(フートン)」とは「大通りから一歩入った横町や裏道」であり、「北京の街を縦横に走る毛細血管のような存在」である。「(北京特派員の自由課題として)北京で出会った生身の人間の悩みや希望、暮らしぶりをできるだけ具体的に書きたいと思った。胡同を歩いていて鼻先に漂う食事の香りや、子供の遊び声、老人たちの井戸端会議の話題……つまり北京のふつうの人びとの顔が見えるような記事をぜひ、と念願した」(「あとがき」から)
発見の対象はどうしてどうして「ふつうの人びと」にとどまらない。「注意して観察すると、正門前の富強胡同を制服警官がさりげなくパトロールしている。時には二人で。内部の様子はうかがうすべもないが、どうやら豊富胡同の側の裏手には、兵士の警備ポイントが一段高く設けられ、『不審者』の接近を監視しているようだ」
これは「老舎の旧居を辞し、そのまま細い路地の豊富胡同を奥へと進む。ふと右手に続く塀が気になる」がゆえに発見した、天安門事件で失脚した指導者、趙紫陽が軟禁されている住まいの詳しい観察である。そして加藤さんは思う。「北京をこよなく愛した作家の旧居と失脚した元指導者の住まいが、同じ町内、しかも隣組というのも不思議な気がする」
また、「『東洋のマタ・ハリ』と謳われた川島芳子が北京にやってきた時に宿舎として使っていた古い屋敷」をアメリカ人オーナーが改装した、「東城区の一角にある新紅資倶楽部」というレストラン。「新しい紅い資本家」と命名されたそこの、たとえばウエイティングバーでは「家具類はいずれもクラシックな年代物」だ。
「そう、それらはすべて人民大会堂と中南海で使われていたものだという。江青女史が愛用していたものもあるそうだ。椅子の背に『国防部』とか『教育部』といった元の所属先の名を書いたラベルがある」。
オーナーはいま北京で弁護士とコンサルタントを続けるロレンス・ブラームという人で、「中南海の内部にもしっかりと人脈を広げ、それが中南海の家具の払い下げという離れ業につながっている」。
北京が明朝の都となって今年で満600年という。胡同にはその歴史がなお色濃く残っているし、「老舎と趙紫陽の隣組」「川島芳子の屋敷跡を利用したレストラン」のように、よりくっきりと20世紀の激動の現代史が刻み込まれている。そして市場経済化のすさまじい進行によってその形は大きく変わりつつある。やり手のアメリカ人にもビジネスチャンスが与えられる一方で、胡同の昔ながらの家並みは次々に取り壊され、「街が消える」現象があちこちで起こっている。
その点までも描写したこの本を読み進めるうちに、読み手は次第に北京という都市を包んで流れる大きな潮流のようなものを感じ取ることができる。それはおそらく、過去から現在を貫き、さらに近未来へと向かう中国史の滔々とした流れに触れているのだ。歴史や文化、政治にごく自然に囲まれて暮らす人びとが集う北京だからこそ、それが可能になる。かつて北京で一緒に仕事をさせてもらった者として、加藤さんが「胡同散歩」に出かけるときの生き生きとした表情の理由に、改めて思い当たった気がした。